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皆さんお待たせしました。RKことRowing no Kokorozashiがお届けするインタビューシリーズ、前回は社会人トップ選手にお話を伺いましたが、今回はなんと大学ボート部監督を直撃することになり、俄然急展開を見せることとなりました。タイトルは「アスリートインタビュー!」では少しニュアンスが異なる気がしたので、「監督インタビュー!」としました。果たして、このFileの枚数と数字は増えていくのか。


このブログもRowing界において新たな地平を開くことに熱意を燃やし、新しい切り口の記事を試みては、先駆者たるの道を模索しつつ日夜ネタ探しに明け暮れている。といっても、こうした指導者の方へのインタビューも『Rowing』誌などにおいて以前から多くの掲載があるのですが、それを個人ブログの紙面でやろうというのが画期的かつ斬新であると信じている。
もともと、指導者目線でボート競技を見つめているのがこのブログであります。その角度から、Rowing技術論、チーム運営論、競技文化論など多岐にわたるRowing論に多少なりとも関心を示してくださるRowing指導者の方がいらっしゃればと思っていました。

今回、この監督インタビューが実現する運びになったきっかけは高校ボート部特集でのコメント投稿でありました。それをきっかけにぜひお会いしましょうということで、先月、首都圏としては大雪の降り積もる戸田でメモリアルかつ運命的なランデヴーを果たし(?)、長時間ボート談義をさせていただいたのが、いま関西の大学ボート界でもっとも熱いチームであるD大のT田監督その人だ。
監督に就任されてから今年7年目を迎えるというT田監督。かつて1968年メキシコ五輪M8+で単独クルーとして出漕しこの時期3度の全日本M8+優勝を成し遂げた栄光の歴史を持つ名門のD大を率いて、年々力をつけチームを大きくし遂に2017年創部初のインカレ優勝に導いたということで、大学ボート界では注目の今最もホットなチームにおけるマネジメントリーダーだ。

以前からD大の関係者の方が当ブログを読んでくださっているらしいということは何となく聞いていたが、まさかトップの監督がこのブログを読んでいて、そして私と会いたいと言ってくださるとは。光栄に思いつつも実際にお会いしてみればとてもフレンドリーで気さくな方であり、熱いボートトークに花が咲き時の経つのも忘れ、さまざまな情報交換やボート観のやりとりで楽しく過ごさせていただきました。そしてこのボート談義や教えていただいた貴重なノウハウなど会話の内容を、後日改めてインタビュー形式として編集したのがこの記事である。新たにインタビューの質問に対する回答を依頼しそれを記事にしたいという申し出にも快く引き受けてくださいました。この場を借りてお礼と感謝を申し上げます。
T田監督はご自身のチーム情報やボートに対する考えなどを、隠すどころかどんどんオープンにして発信し共有していくことで、ボート界をもっと盛り上げていきたいとたいへん意欲的な考えをお持ちだ。ぜひともそういう機運が高まりもっともっと日本ボートが盛り上がればよいという私の思いも全く同じ。多くの話題と議論に満ちているのが、競技の隆盛には欠かせないのだから。

ひとりのボートの考えが、多くの方のボートの考えに影響を与える。
ひとつのボートチームの在り方が、多くのボートチームの参考になっていく。
こうした中で、やはりリーダーの言葉というのはひとつの重みをもって多くの人の心に刻まれながら伝わっていくものなのだと思う。その意味で、リーダーたる監督の考えは所属チームのメンバーのみならず競技全体にも発信していくことにたいへん価値と意義があるのだと思います。


1月某日、戸田近隣の某店でお会いし初対面なのに3時間以上も語り合い、ラストオーダー時間を過ぎ閉店間際まで話題が尽きず、心ゆくまで交わしたボート談義。したがって、今回も長文必至だ。








T田T也監督(以下TT):(雪のたいへんな中ようやく店に入り)いや~、何から話しましょうか。何でも話しますよ!
Rowing no Kokorozashi(以下RK):RKです、初めまして。D大のT田監督、以前からもちろんお名前は伺っていましたよ。4年くらい前にD大がR大の艇庫に合同合宿に来られたとき、監督はお仕事でいらっしゃらなかったということですがそのとき私は艇庫に顔を出していました。もし戸田に来られていればそのときお会いできていたかもしれませんね。ところでT田監督は私より学年が3つ上でいらっしゃるんですね。お互い90年代の大学ボートを知る、近い世代といえるかと思います。今日はよろしくお願いします。
D大は2017インカレでM1X優勝されて、いま最も勢いのあるチームですよね。そして何といっても部員100名超えを果たし大学ボートで一、二を争うような大所帯チームを作り上げたというところもすごいなと思っています。多くのチームが参考になるのではと思いますので、そのへんの秘訣も含めて色々お聞かせ頂けたらと思っています。
TT:こちらこそ、よろしくお願いします。日本のボートにとっても何か参考になるところがあればいいですね。


RK:先日はブログ上でコメントを頂きありがとうございました。私のブログ、この「Rowingの志」をご覧いただいたことが今回こうしてお会いするきっかけになったと思いますが、ブログではどの記事が良かったですか?今後の記事作りの参考にもしたいのでいくつか挙げていただくと嬉しいです。
TT:「Rowingの志」は私にとって貴重な情報源の一つなんです。こうしてお会いすることができたのは、2017.12.29 「高校ボート部特集③~北信越・東海編」で私の母校を取り上げてくれたのがきっかけですね。私の母校富山東高校は2013年C大インカレM4+優勝のM本君を輩出していますし、最近では女子でもボートを始める子が出てきました。そんな中、この記事で取り上げてくれたことがとても嬉しかったんです。
RK:ありがとうございます!やはり自分の母校がクローズアップされるのは嬉しいことなんですね。
TT:ほかに最近では、2017.11.20の 「アスリートインタビュー!~FILE-10」のS々野H輝選手の記事が良かったです。全日本M8+のチャンピオンクルーですからね。書いてあることがすべて参考になります。とくに、「パワーこそ一番信頼できるテクニック」とありますが、チャンピオンクルーが言うと説得力がありますね。

RK:2017年は飛躍の年だったのではないかと思いますが、T田監督にとって、あるいはD大にとってどんなシーズンでしたか?
TT:監督になって6年目のシーズンになりますが、ようやくこれまでの取り組みが少し形になり、結果に対して素直に自身を評価できるシーズンでした。インカレではS間選手がM1Xで優勝してくれましたが、その他にも朝日レガッタ(琵琶湖漕艇場、1000m)ではM8+が予選トップで通過することができました。M8+決勝は残念ながら波を大きくかぶり惨敗してしまいましたが、同じ朝日レガッタでM2Xが準優勝してくれました。また6月の西日本選手権(浜寺の大阪府漕艇センター、2000m)でM8+とM2Xがダブル優勝してくれたり(M8+は5'45、M2Xは6'44をマーク、但し順風)と、嬉しいことがたくさんありました。
RK:インカレ優勝したM1Xだけでなく、チーム全体として多くの結果が出せたということですね。D大にとって忘れられない、素晴らしいシーズンになったことがとても伝わります。そこに至った、強くなっていった経緯をこのあと色々お聞きしていきたいと思います。





T田監督⓵
〈プロフィール〉
T田T也
身長:182cm
体重:75kg(現在も大学時代も)
サイド:ストロークサイド
経歴:1996年 D大学経済学部卒→1996年 銀行勤務を経て2012年 株式会社テイスト代表取締役
2017年 K都工芸繊維大学、工芸科学研究科博士後期課程卒
2012年 D大学ボート部監督就任、現在に至る
漕歴:1992~1995年(大学から始めて4年)
出身:富山県
(現在、京都府在住)


RK:「アスリートインタビュー!」のように、まずはT田さんご自身について色々お聞きしたいと思います。D大では大学から始めて4年間というボート歴だったんですね。大多数の大学ボート選手、そして私とも同じです。よろしければ高校までの経験スポーツと実績をお聞かせください。
TT:アピールできる実績はないんです。中学校、高校で硬式テニスをやっていましたが、全くセンスなしでした。県ベスト16が最高。
RK:全くないといいながら、テニスで県ベスト16はかなりのものではないでしょうか!私などは中学の時卓球で地区ベスト16程度でした(笑)。たぶん3つくらいしか勝ってないです。
TT:結構一生懸命やったんですが、緊張しがちの性格でコートに一人で立つ不安に打ち勝つことはありませんでした。個人スポーツで全く結果がでなかったので、大学でもテニスを続けるという気はなかったですね。

RK:では、大学でボートをはじめたきっかけは何だったのでしょうか?
TT:大学に行ったらやり直しのきくスポーツをしようと心に決めていました。富山県は当時Y尾高校や社会人のIテックが活躍しておりボートの盛んな県でしたので、ボートは自然と選択肢に入っていました。
RK:富山のご出身ということがまず大きかったと。ボートをやったことはないが、知っていたというパターンですね。
TT:大学に入学すると新勧が始まります。きっとボート部の先輩が勧誘してくれると思って、ボート部のブースの近くをうろうろ2~3往復したものの、全く声をかけてくれませんでした。
RK:あっ、出ましたね。声をかけてほしくてそばで待つパターンですね。(笑)
TT:どうして私には声をかけてくれないんだろうと思って、ボート部のブースで説明を聞く1年生を見てみると、皆色黒で、体格の良い人たちばかり。私は当時、体重60キロで色白、とてもボートを志すようには見えないことを理解しました。声をかけてくれないなら自分からと意を決して門をたたきましたが、「お前がボートをやるのか?」という反応だったことを覚えています。
RK:興味があるけど、新入生の立場ではなかなか自分から積極的に入りたいとか詳しく話を聞きたいとかは言えないものですよね。新勧の極意は、まず部員のほうが率先して新入生に声をかける。背中を押してあげる役割をする。これだと思います。でもT田さんのように自分から入りたいと門をたたく人もまれにいて、そういう人はやはり強い意志があるような気がします。
こうしてD大ボート部に入ったわけですね。では、選手としての実績やボート部時代の思い出などをお聞かせください。





〈ボート選手としての主な実績〉
【D志社大学 1992~1995】
(2回生のシーズン)
1993年 朝日レガッタM8+選出
1993年 2回生冬に対校M8+選出
(3回生のシーズン)
1994年 朝日レガッタM8+準決勝
1994年 関西選手権M8+3位
1994年 インカレM8+敗復敗退
(4回生のシーズン)
1995年 朝日レガッタM8+(荒天により決勝中止)
1995年 インカレM8+準決勝


TT:メダルをもらったのは3回生のときの関西選手権だけです。ほかに目立った戦績もなく、こんなダメ選手が監督ですよ。
RK:そんなことはないでしょう。ボートを始めて2年足らずで対校エイト、そこでずっとチームのトップクルーで勝負されてきたのは十分すぎるほど素晴らしい実力です。勝負は紙一重、実力があっても結果に届かないクルーがたくさんいるのがボートです。私なども、選手時代唯一のメダルは東日本大学のM4+3位だけですよ。あとは決勝4位とか、決勝5位とか、決勝にチャレンジしたために最後差されてインカレ順位決定に行けずとか、悔しい思いばかりしてきましたからね。もっとうまくいかなかった選手も山ほどいます。
TT:選手実績と監督実績は違うことを証明したいですね。
RK:私は素晴らしい指導者がいてこそ、選手は多くの輝かしい実績を残せると考えているほうなので、選手での負けた経験はのちのちに生きてくると思えばそれも大切な実績だと思います。それに、選手より指導者のほうが数においても年数においてもたくさんの実績を作ることに貢献できますよ!


TT:D大はメキシコシティオリンピック出場や全日本選手権でのエイトの優勝など輝かしい戦績を誇っていましたが、私が入学した時にはすでに過去の話になっていました。なにせ私が生まれる前の話なのですから。でも入学当時先輩方は本当に再びM8+の優勝を目標に一生懸命練習されていました。大学から始めたボートですが、これだけ一生懸命な先輩方と一緒に頑張れば夢も叶うのではと思ったものです。1つ先輩に大学からボートを始めて既に対校エイトに乗っていた先輩がいました。その人のように来年は対校の一員になりたいという一心で必死に練習に励みましたね。努力の甲斐あって2回生の後半から対校に乗せてもらい、引退まで対校クルーとして出場させてもらえました。
RK:とても純粋に、ひたむきに勝利に向かい努力されていたことが伝わります。私の調べでは1993年のオックスフォード盾レガッタ、優勝したのは社会人トップクルーで唯一参戦したC電でしたが、D大がそのC電に対し2.5秒と迫る大健闘で見事準優勝しましたよね。セコM8+がオッ盾準優勝、対校M8+もインカレで当時優秀なタイム6'07を出していましたね。残念ながら激戦のインカレ敗復でK應、N大、M大という強豪を相手に3着敗復落ちだったようですが・・・。D大はこのときたいへん層が厚かったのですね。
TT:M8+は6分切ればインカレ優勝に手が届くといわれた時代でしたからね。ちなみにそのオッ盾準優勝したセカンドM8+ではシーズン当初、私がストロークを任されました。
RK:新2回生の春で選ばれたんですね、それはすごい。
TT:このときが選手時代に最も記憶に残っているレースでもあります。2回生の5月で初めて出漕した朝日レガッタM8+の予選です。2ndクルーの整調として、とにかく必死に漕ぎました。経験者主体のS田RCにトップボール差で勝ち1000mで3分を切ることができた時は本当に嬉しかったのを覚えています。
RK:ボートを始めてわずか1年足らずで3分切り、経験者主体のクルー撃破とは!
TT:この朝日レガッタに出漕したまでは良かったのですが、その後腰痛で艇を下りることになってしまいまして・・・。その後クルーはオッ盾で準優勝し社会人相手に大健闘したので、とても悔しい思い出の一つです。
RK:それは本当に悔しいですよね。自分が乗っていないのに結果を出したというのは。この仲間のクルーの快挙を素直に喜べる選手はなかなかいないかもしれませんが、確かにT田さんも準優勝に貢献したといえると私は思いますよ。いまは、ボートはチーム単位という意味でのチームスポーツですから。


TT:また、思い出といえば私の在籍していた当時は道具の進歩が目覚ましく、2回生の時にエンパッハ製エイトとビッグブレードが導入され、それらの恩恵に預かることができ、とても幸運だったと思います。
RK:外国艇やビッグブレードが日本にも一気に浸透したタイミングですね。1992年バルセロナ五輪でビッグブレードが登場したと思ったら翌年の日本のインカレでほとんどの有力大学がすでにビッグブレードを使用していたとか。新しい道具の流通とか流行は本当に早いですね。
TT:あとはやはり大学時代を過ごした合宿生活にも思い出がありますね。当時は上下関係がとても厳しく、3回生、4回生に対して下の学年がこちらから話しかけるという雰囲気ではとてもありませんでした。今のD大では考えられないことです。それでも合宿生活はとても楽しかったですね。
RK:私が入ったのは1995年でT田さんより3年下になりますが、先輩からもそういう話はよく聞き、まだそのような体育会の厳しい上下関係の名残が残っていた時代でしたね。しかし、私が上になり、そしてコーチになっていった2000年前後あたりからだいぶ緩くなっていった感じがありました。これはチームごとにも異なるかもしれませんが。
TT:D大ボート部は創部が1891年です。100周年記念事業として私が入学する前年の1991年にヘンリーロイヤルレガッタにエイトで出漕しています。
RK:それはたいへん価値のある遠征ですね。
TT:新勧で「きっとまたヘンリーに行ける」と勧誘されたものですが、在学中に叶うことなく、あとでその難しさを実感しました(笑)。
RK:勧誘では新入生を惹き付ける大きな謳い文句や心をキャッチする言葉が必要ですもんね(笑)。あまり誇大や嘘が過ぎるのはよくないですが。うちの大学でも、かつて海外交流で韓国遠征とか、今年は香港遠征とかあったらしいです。W大ではクロアチア遠征、T北大やK都大など中国やNZなど遠征や海外交流があると聞きますので、国内合宿でもいいのですが、学生のうちにそういう経験ができるのは素晴らしいことだと思います。人との出会いはもちろんのこと、一生の思い出になり、後々まで語ることのできる宝物になります。


RK:ボートに青春を燃やした大学時代を過ごされたということですが、大学で引退し社会人になってからはボートやボート部との関わりはどのようになっていたんですか?
TT:そうですね。おっしゃるとおり学生時代はボートに打ち込みましたが、ほぼ燃え尽きまして。社会人になってからも再びボートに真剣に向き合おうという気にはなれませんでした。でも社会人になって、ボートの仲間との関係は貴重であり、他校との輪も広がっていきました。その時間はとても豊かな時間であったと思います。
RK:ボート自体とは一時離れていたわけですね。それが一転、母校の監督就任に至った経緯というのは。
TT:大学卒業しそれまで勤めてきた銀行を退職し、37歳になったとき京都で広告会社の経営者として再スタートしました。その京都に戻った矢先なんですが、OBの方々から「お前が監督をやれ」と言われました。それ以前からも声はかかっていたんですが、大学4年間のボート経験だけで母校を指導できるなんて全く思っていませんでしたので、ずいぶん長くそのお話を固辞してきたんです。しかしある日、元ソフトボール日本代表監督・宇津木妙子さんの講演会に参加する機会がありました。「自身が監督をすべきか悩んでいる。時間もないし、そんな器でもない」と質問したところ、「自分の成長のために明日からやりなさい」と一喝され決心しました。自身の立ち位置を「中小企業の経営をするように監督をしよう」と、私にしかできない監督業をしようと。
RK:人生、何か大きなことを決めるときはやはり誰かに背中を押されるものなんですね。私も振り返ればボート部に入った時も、コーチになった時も色々とそうでした。このブログだって、もともとは誰かに言われて始めたものだし、背中を押されて更新を続けています。



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RK:このようにしてD大ボート部監督となったT田さんについて、指導者としてあるいは監督としてのお考えやさまざまな思いを伺っていきたいと思います。まずは、監督就任されてここまでの実績や経緯を教えていただけませんか。
TT:監督の実績はまだまだですよ。2012年に監督に就任しましたが、そもそも頭数がそろわず、エイトを出せる状況にありませんでした。そんな中でも2013年に朝日レガッタM4+で優勝してくれたことはその後のステップアップを考えるととても貴重でした。その後毎年少しずつ、全日本級での入賞者が増え、朝日レガッタでもエイトで社会人クルーに食い下がるレースが見られるようになり、2016年には全日本新人でW2Xが準優勝、2017年インカレM1X優勝につながっていきました。
RK:確実にトップチームへの道を歩んでおられますね。監督になったときはたいへんな状況から出発したんですか?
TT:2010年あたりはもっとも厳しい状況でした。2012年に私が監督になったわけですがOB会の主導により指導陣が一新されました。スポーツ推薦制度に頼らない独自の人材獲得手法、要は新勧の方法を見直したことにより部員数を増やすことをめざしました。さらにボートはまずフィジカルありきと考えます。大学の支援制度を最大限活用してフィジカルコーチを招聘し、徹底的な強化を行った結果、ここ1、2年で急激に戦績が向上してきたのが現状です。


RK:やはり指導体制はカギですね。どのような人事策を施されたのか興味深いところですが、これは後々聞いていきたいと思います。
何といっても、D大は昨シーズン2017年に大学ボートの夢、インカレ優勝をご経験されました。それを含めて、監督になられてから最も印象に残っているレースを挙げてください。
TT:たくさんありますが、その中でやはり2017年のインカレM1X優勝したS間君のレースを挙げさせていただきます。S間君は当初M8+クルーだったのですが、インカレ前に突然本人からM8+でなくM1Xでインカレに出たいと電話で言われました。私は驚いて「ちょっと待ってくれ!近くで会って話をしよう!」と彼を翻意させるべく学校近くの喫茶店に呼び出しました。ですが、S間君の話に耳を傾けていると、本当にM8+の一員として競技をさせることが、彼のため、部のためになるのかと疑問に思うようになりました。結局、3時間の話し合いの後にインカレM1Xでの出漕を了承したのです。彼を説得するはずが、逆に彼に説得されてしまいましたね(笑)。
RK:インカレクルー編成は、いつも選手とチームの運命を決める最重要事です。これは大学ボートに関わる人、いや高校でも社会人でもすべてみな共通しているでしょうね。
TT:瀬田ではまずまず自信を持てるコンスタントの艇速を出していました。しかし戸田入りし本番を迎えると雰囲気と環境に予選で思うようなパフォーマンスが発揮できず、予選では全体の13位でした。本人は「これでインカレは終わったな」と思ったそうです。しかし学生コーチがリギングで梃子比など献身的に調整をしてくれ、本来のコンスタントを徐々に取り戻していきました。
RK:調子と歯車が狂い沈みかけたクルーが、リギングやコーチのサポートによって生まれ変わっていく好例ですね。まったく、大目標の大会期間というのは浮き沈みの激しい生き物です。天国と地獄とはよく言ったものです。
TT:私は特段のアドバイスをしていませんでしたが、勝ち上がるにつれて部員ひとりひとりが役割を認識してサポートしてくれました。
決勝では5レーンからのスタートでしたが、スタートに成功すれば「ひょっとするかも」という思いは本人のみならずサポート側にもあったと思います。実際、スタートを難なく決め、500mで少々リードを持てたことが勝因だったのだろうと思います。
D大S間選手2017M1X
2017インカレM1X優勝 D大S間選手 日本ボート協会Facebookより写真転載

2017インカレM1X決勝
2 N條選手(K学大)1'47-3'36-5'26-7'14"11 4着
3 N村選手(M大) 1'44-3'33-5'24-7'13"69 3着
4 H谷選手(T波大)1'45-3'36-5'27-7'13"54 2着
5 S間選手(D大) 1'43-3'31-5'22-7'11"55 1着

RK:改めてラップタイムを見てみると、この決勝レースはたいへん接戦の息詰まるような素晴らしいデッドヒートですね。コンスタント型のN村選手が最初から攻め、H谷選手とN條選手が自分のコンスタントを信じて後半の猛追によって一気に差が詰まるレースをしています。その中でS間選手はスタートを決め中盤のコンスタントで少しずつリードを保ったことで主導権を握り、第3と第4では自信もって勝負できたことが伝わります。最終的に1着と4着が1艇身半の中におさまりますからレース自体は最後まで4艇による白熱したデッドヒートでしたね。ちなみに、S間選手のインカレ当時のエルゴタイムはどれくらいだったのですか?差し支えなければ教えてください。
TT:彼は3回生で、もちろん大学から始めた選手ですが、インカレの時点では6'15ですね。188cm85kgの長身オープン選手で、つい最近6分10秒を切ってくれました(2018年2月下旬)。まだまだこれから伸びる選手です。
RK:素晴らしい素質の選手です!インカレM1X優勝は6'25くらいのエルゴ数値が求められるようになってきたと思っていましたが、私の予想を10秒上回っていますね。さらに直近で6'10を切ったのですか!私の聞いた話では、確証はありませんが、これまでの日本の男子エルゴ記録は非公式で6'08か6'09では(注:情報によると、6'04らしいとのこと)。S間選手には、世界をめざして日本初の6分切りを果たしてほしいですね。そしてそれが夢ではなく日本でも当たり前の時代になるために、記録を伸ばし続けてほしいです。つい先日女子でも6'41が出て日本ベスト更新と聞きました。次々と常識を破っていく時代になってほしいものです。
TT:まったくそうですね。期待したいと思います。このインカレでD大のクルーは、M8+については残念ながら敗復を上がることができませんでしたが、インカレM1X優勝をはじめM4-7位、W1X7位など入賞を得ることができました。
RK:お話を伺っていると、M1XのS間選手の優勝も、T田監督の決断、コーチやチームメンバーのサポートなどD大のチーム力を象徴した優勝だったと本当に感じます。チーム全体の勝利だったんですね。
T田監督②
写真は2016全日本M4-7位の記念写真





RK:では、このように着実にチームを強くしていった手法、秘訣についてお聞きしたいです。監督として取り組んでいることや、部の運営方針はどのようなものでしょうか。
TT:まずは人。部員の獲得についてですね。監督に就任した当時、部は長期低迷状態でしたので、私に打てる手は殆どありませんでした。目立った戦績もありませんでしたので、高校から有力な選手を引き付ける魅力もありませんでした。そんな状況でも高校経験者の獲得を頑張るのか、一般生を増やすことに注力するのかというと、答えは自ずと明らかでした。それこそ経営資源の傾斜配分といいますか、一般生の増加に賭けるほうが見通しは明るいと考えたのです。
RK:経験者も未経験者も、どちらも同じ未熟で可能性にあふれた学生であるはず。そして、どちらにもリーダーの資質をもった素晴らしい逸材が多いと思っています。
TT:一般生が自分の可能性を信じることができる環境として、推薦制度による部員獲得を一定期間中止することにしました。
RK:それで近年のD大は、国立大のように未経験中心のチーム構成になっていったのですね。

TT:この決断は3つの意味で成功したと思います。まず、部員獲得に部員が本気になってくれたことが大きい。次に、S間選手のように他競技転向が結果をもたらすことに気づいたことです。現在、D大というとインカレ優勝で一躍有名になったS間選手が目立ちますが、ほかにも有力選手はたくさんいます。アジアインドアローイング大会で女子ペア優勝のN田選手や、ほかにも潜在能力の高い選手はたくさんいます。最後に、将来強固なOB基盤ができることです。長期的に強い部を作るにはOB会の力が最重要です。毎年卒業生が、20人~30人増加し、その者が15,000円の年会費を払えば10年で300万円から450万円の財政基盤ができあがります。まさに「人は力なり」です。監督を辞めたのちもOB会としてサポートするわけですから、将来のことを考えればこれが最重要かもしれません。
RK:確かに。部員増加、チームを強く大きくするために新勧重視を訴える私自身、その3つの効果が大きいことにまったく同意見です。さまざまな面で、人に恵まれたチームは安定的に強く、成長を続け、のちのちまで人・物・金・情報が循環されるよいチームを継続することができるでしょう。
TT:このへんは、企業経営のヒントになることも多いかもしれませんね。


RK:部員獲得に本気になる。私は特にここが、印象深いですね。経験者が毎年一定枠入る部は、他の一般生の獲得に本気になれないこともあるかもしれません。結果として、少数経験者中心の構成になっていくと思います。経験者が入らなければ、毎年入部させなければいけないので生き残りをかけて本気にならざるを得ませんが、その本気さこそが全体のチーム力を創っていくんですよ。もちろん、経験者中心のチームにも成功事例はたくさんあると思います。
TT:D大には毎年約6000人の学生が入学します。たった4日間のオリエンテーション期間に3000枚のビラを配り切り、声掛けをし1800人の名簿を作ります。そして試乗会には延べ150~200人が来て、40人前後が入部を決めてくれます。私は広告の本業でマーケティングについていろいろ事例を見てきましたが、これだけ、美しいマーケティング事例はほかにありません。偶然にもボート部からマーケティングを学んでいます(笑)。そして数字の追求が必須です。
RK:おお!これがD大100人チームを作り上げた秘訣なんですね!私も個人的に新勧のノウハウを研究してきましたが、1800人の名簿はすごいですね。新入生1800人分全部の連絡先や聞き出した情報が入ってるんですよね。
TT:そうです。
RK:これは桁が違うかも。それと、一学年20~30人チームの実現には試乗会参加人数延べ150~200人は必要な数字だと私も考えていますが、40人の入部に漕ぎつけるのは相当、率が高いと思います。私は合宿OKで入部してくれる新入生は、試乗会参加から延べ人数でなく実数のうち1~3割と辛く見積もって計算しています。
TT:この数字の達成に全力を尽くします。確率的に、だいたいこの数字になることが分かるからです。それから、新勧にはOBの協力もお願いしています。私が監督になってから、OB・OG会の支援体制をそれまで以上に築いてきました。いくつかの作業部会、要は委員会のようなものですが、その中に「新人獲得支援部」があり、新人獲得強化を支援しています。社会人主体の部会員により、企業における人材発掘のノウハウをボート部へ転用し、勧誘ノウハウの向上を支援しているんです。結果として新人勧誘期間を通じた新人の獲得人数は年々増加し、毎年40人近くの部員勧誘が可能になりましたね。
RK:新勧にはOBOGの協力も欠かせないと私も思います。しかし、資金面ではなくて実際にOBOGが自分の役割として新勧チームを組織しているのは画期的だと思います。結局、ボートも新人獲得も、学生は経験が少ないわけですから、ノウハウやヒントなしには手探りで体当たりしては毎年同じ失敗を繰り返してしまいがちです。個人としては失敗は大切なのですが、先人の失敗を生かすことが組織としては重要です。その意味でどうしても経験とノウハウのあるOBOGの存在は必要不可欠なわけです。その伝統の経験に若さが合わさると、大きな化学反応が起こります。若い学生が時代で感じた新たなアイデアが次々生まれていくんですね。

TT:こうして部員は100人を超えましたが、まだまだ増やしますよ。
RK:すごい、貪欲ですね!しかしD大はいいですね。100人入れる合宿所があって。
TT:いえ、とてもじゃないですが100人なんて艇庫には入りきれませんよ。いま現在3つもアパートを借りています。
RK:えっ!本当ですか!?ではさらに部屋を借りてまで増やしたいと。
TT:そうです。でも部員が増えることは本当に大きいんですよ。資金面では人が増えれば増えるほどむしろプラスになります。
RK:確かに。部員からおさめてもらう月々の食費や諸経費の合宿費(部費)は、人数が増えるほど経費がかからなくなってきますからね。部屋代も賄えるようになるはずです。
TT:戦績も少しずつ向上してきましたが、さらに成長を加速させるには経験者の人材も必要になってきています。2018年からはスポーツ推薦者不在の戦略を軌道修正し、数人の経験者を迎えることになりました。人数を維持しつつ質を高める新たな挑戦の始まりだと思っています。いよいよ暴れますよ!人口だけは多いですから(笑)。
RK:新生D大ボート部の挑戦、楽しみにしています。
T田監督③





RK:ところで、今おっしゃったOBOG会の支援チーム、ほかにはどんなものがあるのでしょうか?
TT:D大のOBOG会は会員数が多く、支援も手厚いです。私が監督就任した2012年からOB・OG会幹部組織である艇友会幹事会も組織再編が行われました。ボート部への支援強化、会員の親睦強化のための各種施策を企画立案する部会をつくったんです。「集金部」「新人獲得支援部」「就職活動支援部」「イベント企画部」などの作業部会に分かれていまして、課題を明確にし、施策を実行しています。
「集金部」では毎年、会員から徴収する1万5千円の会費や寄付金の集金力向上を目指し活動しています。
RK:R大では年会費と対校戦の協賛金という2種類があり、実質2万円か1万5千円になるので、D大と似ています。多くの大学で平均的かもしれませんが、3万円とか、1万円とかさまざまでしょう。
TT:会費額は毎年目標額を引き上げつつクリアしています。
RK:右肩上がりの財政で羨ましいです。
TT:艇友会からボート部へ毎年250万円に加え寄付金による支援を行っています。会員数は約550人、徴収率は61.7%(名誉会員を除く)ですね。
RK:それはたいへん優秀な数字ですね。うちもそれくらいを目指したい。他のボート部はさまざまでしょう。
TT:徴収率は高いほうだと思いますが、ただ、資金がそれで十分かといったらそうではなくて、色々工夫して工面しています。
RK:なるほど、これも多くの大学で同じかもしれませんね。

TT:「新人獲得支援部」では先ほど言ったとおりです。「就職活動支援部」では3回生部員に対し、エントリーシートの書き方、面接対策などを親身になって指導しています。大手上場企業、中央省庁などボート部OBがいない部への就職を決める学生が目立ってきていますね。
RK:これは、大学生にとってはたいへん大きいですよ!ボート部自体が、大人という社会人や企業人の人脈を作れる貴重な組織であるわけです。こうした試みがもっと活発化すれば、現役も安心して競技生活にも勉学にも打ち込み、将来のことを考えるうえで色々な参考とつながりが得られますよね。ボート部への入部メリットとしても飛躍的に価値が上がるポイントだと思います。
TT:「イベント企画部」は、本来OB・OG会員の親睦強化を目指すものですが、近年の戦績向上を考慮しまして、OBOGが現ボート部の活動をよりよく理解でき、さらなる支援につながるようなイベントの開催に注力しています。
RK:そうですね、OBOG会は単なる親睦会に終わってはいけないんですよ。参加することでOBOGの側にも大きなメリットをもたらし、さらに興味関心を引き付けるようなイベントが必要ですよね。現役やチームの状況がよりよく理解でき、参加意識を強めることが大切です。チーム一丸の中に必ずOBOGが参加している雰囲気が不可欠だと思いますし、それによって現役部員にもOBOGにも相互に大きな恩恵や学びがもたらされる。強いボート部は、OBOGが強いのだと思いますから。
TT:ボート部OBからは、大学教授等も多数輩出しています。学生に対してクラブ活動は教育の一環であることを継続的に指導していますよ。
T田監督④





RK:監督の多岐にわたる取り組みには脱帽しました。これらの方針や考えがあって、いまのD大の強さにつながっているのですね。では、さらにRowing監督としての内面に迫るような質問もしていきます。T田さんが監督として心がけていることはどんなことでしょうか?
TT:「仕入れ役」と「兄貴以上・父親未満の相談役」です。監督は技術指導をするポジションではなく、ヒト、モノ、カネの仕入れに専念すべきと思います。それが「仕入れ役」です。
RK:いわゆるGM、ゼネラルマネジャーですね。
TT:監督という立場によってありがたいことに多くの方と親しくさせていただき、いろんなことを知ることができます。恵まれた立場にいさせていただいているのだから、学生たちには最高の資源を仕入れてきたいと思っています。こうした立場を利用して、じつは今人脈を広げたいと思ってあちこち飛び回っています。ちなみに、そのためにも私はどんどん情報は出しますよ!(笑)
RK:そのように私に会いたいと言って頂けたのは恐縮ですね。たまたま都合がついたので、今回はお会いすることができましたがたいへん光栄なことだと思っています。私は人脈が少ないので、T田さんを見習って人という財産をこれからもっと増やしていきたいですね。
TT:もう一つは選手にとっての「兄貴以上・父親未満の相談役」であることです。普段の相談事はコーチがしてくれると思いますが、学生としての過ごし方、組織の運営、将来については兄貴に相談するには物足りず、お父さんにも相談できないことも多いと思います。兄貴以上、父親未満の部分の立ち位置で部員の悩みを受け止め、学生生活を充実したものにしてあげたいと思っています。
RK:なるほど、確かにコーチでは足りないこともありますよね。人として、あるいはチーム全体を考えるときに、監督に相談したいことは部員にはたくさんあるでしょう。時に父親以上の支えになることもあると思いますよ!
T田監督⑤


RK:選手に対するメンタルや意識のポイントなどはありますか?トレーニング、レース、日常などにおいて、監督としてどんなことに意識をもってほしいのかといったことですね。
TT:トレーニング、レースはコーチの仕事なので任せており、コメントは差し控えたいと思います。あえて日常部分でいうならば、ボートだけでなく、勉強も、遊びも欲張りに両立して、D大ボート部理念にあるように「知・徳・体の涵養に努め」てほしいと思っています。


RK:今、トレーニングやレースはコーチに任せているということですが、部の方針として意識するポイントや目指す方向性はあるはずです。先ほど、ボートはまずフィジカルだとおっしゃいました。監督就任直後、技術コーチよりフィジカルコーチが必要だと。
TT:先に述べた経営資源の傾斜配分の話になります。D大は外部からのコーチを招聘せず、すべてOBによる自前主義をとっていました。
RK:R大も長らくそうでした。しかし勝てないチームや国が自前のノウハウと人間に固執することは、勝つことを第一の目的にしていればナンセンスといえます。特に外部の人を入れれば、情報も人脈も新たな開拓ができ、大きな刺激となって内面から変わっていくのは近代日本からして同じことでした。情報も人も、少しずつ外部コーチに加わってもらい、チームは変わりつつあります。そうしたチームは増えていますよね。
TT:おっしゃるとおり、それが時代遅れであることを感じていましたが、金銭的な都合からフィジカルコーチと技術指導のコーチの両方を導入する余裕は全くありませんでした。就任当初はエルゴタイムがトップクルーと30秒近くも不足していました。シーズンがクライマックスに近づくにつれ、フィジカルの不足はどうやってもカバーできなくなってきます。それにも関わらず、「インカレで勝つ」という非現実的目標を語りつづけていました。指導者としてそれはいかんだろうと。経営資源の傾斜配分の観点からまず手を打つべきはフィジカルだと確信するようになり、OB会長に無心して(=金銭、物品をねだるの意味)、創部以来初めてフィジカルコーチを外部から招聘しました。結果は割と早く現れ、今では男子のS間選手、アジアインドアローイングに出場したN田選手はそれぞれ陸上中距離、サッカーの選手でしたが、潜在能力を引き出すことができました。S間選手は前述のとおり最近6分10秒を切り、N田選手は7分20秒台を維持しています。部全体としてもエルゴタイムのアベレージが年々上がっています。
RK:このへん、経営判断というか、マネジャーすなわち経営者としての感覚が才能を開花させたと言えそうですね。フィジカルに投資して正解だったと。エルゴの数値はやはり何より自信になります。
TT:最初に話題に上がった、〇TT・S々野選手の記事での「パワーこそ一番信頼できるテクニック」という言葉も、自分の考えと一致し一層その思いも強くさせてくれました。
RK:日本を制する上でも、世界を制する上でも、ボートはフィジカルの強化を避けては通れませんよね。


TT:しかし、技術もこれからは必要です。今シーズンは、これまで一緒にやってきたK野コーチとK口コーチが離れることになったので、新たなコーチ体制で臨んでいきます。Rowing全般を指導する外部のヘッドコーチとOBコーチの2名、そしてフィジカルでは外部の2名。さらにリギング担当コーチの「リガー」に外部から1名(大学クラブでは「リガー」は初)、上位選手には外部コーチによるスポット指導。これを私がサポートする体制です。
RK:外部の血がかなり入りましたね。技術というと、D大のRowing技術イメージはどのようなものですか?
TT:そこはコーチの領分ですから、私が言うべき部分ではないんですよ。技術についてあれこれ言うのは差し控えたいと思います。
(しかしこの場では技術の話題にも意見交換をし、RKはT田監督と近いものを感じた!)
RK:これもインタビューではお決まりにしている質問です。参考にしている漕ぎやお気に入りのレース動画などはありますか?
TT:コーチと選手の目指す方向性を支持しています。近年はNZのクルーをよく見て研究しているようですので、私も勉強してコーチと一緒に取り組んでいますよ!





RK:D大を今後どんなチームにしていきたいですか?
TT:他競技からの転向者や、潜在能力のある学生の能力を引き出すのが、D大ボート部の役目だろうと思います。経験者を上手に育成する大学、チームは全国にたくさんありますので、我々の出る幕は当分ないかと思います(笑)。
RK:そうですね。私も同感、色々なチームがあってそれぞれ役割も方針も少しずつ違って当然ですよね。
TT:我々は勧誘活動を通じてよりよい選手を他競技から獲得し、経験者人材との融合を通じて、フィジカル、Rowing技術の成長を目指す、常に挑戦を続けるチームでありたいと考えています。関西のチーム、地方のチームである限り、挑戦者であることは当分変わらないでしょう。戸田から離れ、挑戦者であり続け常にRowingに対して距離感をもって見つめ、過去にとらわれず最適解を求め続けるチームでありたいと思います。あとD大だけの話ではないですが、関西で世界レベルの選手を一貫して育成できる体系を作っていきたい、そういう力になりたいという思いがあります。
T田監督⑥


RK:T田さんは、先ほど選手としては目立った戦績がなかったとご自身を振り返られました。私はそんなことはないと思うのですが、でも現役時代は主将だったりしましたか?
TT:ぜーんぜん。ヒラです。当時はリーダーシップが何たるかも分かりませんでした。
RK:そうなんですか!?監督をやるような方は主将か何かリーダーを経験されているイメージがありました。そんなT田さんが今やD大の指導者として数々の強化策や改善策をおこない先頭に立ってマネジメント面からチームを強くしたわけですね。先ほどから伺っている実行力や将来へのビジョンは、リーダーシップなくしては示せないことばかりです。
TT:はい、自分でも指導者ができるなんて思ってませんでしたから。余談を言いますと、会社の代表、ボート部の監督になるまで実はリーダーになったことはないんですよ。
RK:これは、現役時代に幹部に選ばれなかった多くの部員の人たちを勇気づける事実ですね。でも人間、自覚をもつことで素晴らしいリーダーになるのだと思います。グループの年長者になれば率先するようになる。家庭を持てば自覚が増す。
TT:リーダーをやったことがないから、「リーダーはかくあるべし」もないし、ボートで成績を残してないから「ボートのチームはかくあるべし」もないんです。
RK:ボートチームのリーダーとして自然体な感じであり、固定観念もないのが逆に強みというわけですね。選手というのはできればバリバリの名選手で実績がすごい人に指導者をやってもらいたいと思いがちでしょうが、案外、大事なのはやはり指導者の中身であり振る舞いや言動、人柄に対して結局は敬意を感じるものだと思います。理論がない名選手より、たとえ選手として実績があまりなくても勉強家で研究熱心に教えてくれる指導者のほうが良いはずです。私も選手実績は関係ない、指導者は指導力や人間性こそ大切だ、という考えです。
TT:そのとおりですね。選手たちに何が必要かを偏見なく見つけ、実行することはできる自信はあります。それだけかな。
RK:偏見がない、というのが重要ですよね。固定観念は、選手やチームを育てる際に、ときに大きく阻害する色眼鏡になることがあります。常識やモデルとなるひとつの枠は必要ですが、それに捉われていては常識を破るようなチームや選手は作れない。ボート部の規模はこの程度、上位選手は必ずクルーボート、などこうした固定観念に捉われすぎなかったことがいまのD大の旋風につながったところがあるのだと思いますから。




RK:尊敬するボート選手やボートに関わる人を教えて下さい。
TT:実は強く思う方、というのは特定にはないんです。4年間で選手を辞めて、その後いきなりチーム運営に携わることになり、まだボート界のみなさんのことがよくわかっていないんですよ。でも監督に就任してからの6年でいろんな方とお会いしましたが、ほぼすべての方から常に学びがあります。


RK:ボートのここが好き!ボートの魅力について語ってください。
TT:んー・・・。たくさん思うところがあって表現するのが難しいです。現役時代は「なぜ自分はボートを漕ぐのか」を繰り返し問うていました。常に禅問答のようなやり取りを自分自身でやっていました。自分の弱さに向き合い、人生にボートを重ね、決して明快な答えの出ない問いを繰り返すことができるところが魅力というか・・・。わかりにくいですね(笑)。


RK:日々のモチベーションになることは何でしょうか?
TT:最近は自身のモチベーションは結構高い水準で維持できています。仕事をしている合間でも日々わがチームの成長のためにいろいろ考えを巡らせることができます。現場にいる時よりも仕事の合間にいいことが浮かぶことが多いです。ちゃんと仕事せい!という感じではありますね。
RK:それは、仕事を持つボート人あるあるですよ(笑)。
TT:あと、持ち物は常にブレードカラーを意識して水色と紺色のものを身に着けて毎日同志社ボートとともにあります。蛇足ですが、車のナンバーは創部年に合わせ1891です!私にとってモチベーションの維持に重要なことです。


RK:ボート競技で大事にしていることは何ですか?
TT:選手たちにはまずは楽しく、日々取り組んでほしいと伝えています。大学から始める部員を多く抱える中で、第一歩は競技を楽しむことが大事です。ここを最初でつまずくと先がないですから。でもキツい練習も楽しく変えることができるし、それは選手の意識次第だし、仕事でも同じことが言えるはずですよね。
RK:おっしゃるとおりです!楽しんだもの勝ちですね。
TT:そう、楽しんで物事を行うことは能力だと思いますし、それこそが将来とても役に立つ能力だと思います。
T田監督⑦


RK:ボート界に対して要望はありますか?
TT:ともにボートをメジャーなスポーツにしたいと思っています。仕事では、印刷物やWebなどの制作業を営んでいますが、将来仕事を通じてボートのメジャースポーツ化に貢献出来たらいいですね。





RK:そのお仕事ということなんですが、デザイン会社を経営されているんですよね。T田さん、お洒落なスマホをお持ちですね。
TT:これですか?もちろんD大スマホです(笑)。
D大スマホケース
TT:ある日スマホケースを探しに家電量販店を物色していたんですが、なんかどれもピンと来なくて。「それなら自分で作ればいいじゃないか」と思いまして、早速、自社のデザイナーに頼んでD大のブレードカラーに合わせたデザインをし、スマホケースを作ったんです。OBさんからも好評で、他大でもR命館さんのも作っています。
R命館スマホ
RK:これは、うちのチームのやつ作りたい!ほしい!という人、多いかもしれませんよ。単色ブレードでも、イラストや文字を入れたデザインにすれば、とてもお洒落なアイテムになりそうです。今は、チームグッズの時代ですよ。ユニフォーム、ローイングジャケット、帽子、普段着にとどまらず、かばんや小物など色々なオリジナルアイテムがあってファッショナブルになることが、Rowingの独自性や価値を高めることにつながると思っています。

TT:デザイン会社なのですが、広告業といえます。印刷物の刊行も手掛けていますので、たとえばD大ボート部のイヤーブック「力漕」や新歓パンフ、そのほかにも他大学ボート部の新歓パンフや他競技のパンフレットも作っています。うちの社員は体育会の学生に慣れていますので、制作はスムーズにできます。今後もいろんな縁を大事にして仕事を通じてボート界に貢献したいですね。
RK:新勧に成功しているノウハウを詰め込んだパンフレットや新歓HPの提案などもしていただけるわけですよね。これはボート競技応援企業として色々な可能性が広がりそうですね!

ボート部を中心に、スマホケースやオリジナルグッズ制作、各種デザイン、Web制作、パンフレット制作などご要望の方はD大監督が代表取締役をされているこちらまで!
株式会社テイストhttp://taste.jp/



RK:ではずばり、あなたにとってボートとは?
TT:現在の私にとってボートは人生の勝負の舞台です。もう40も半ばになりますし、敗者では終われません。


RK:最後になりましたが、チームの皆や応援してくれる人へ一言メッセージをお願いします!
TT:D大ボート部、関西のボートを必ず強くします。そして世の中に、ボート界に有為な人材を輩出します!


RK:本当に今日はお会いできて楽しかったです。ありがとうございました!
TT:こちらこそ無理を言って、ありがとうございました!また戸田でお会いしましょうね。
RK:ぜひよろしくお願いします!
T田監督⑧
瀬田のD大ボートハウスを拠点に、T田監督の熱いまなざしはビッグクラブ創造を見すえている








いかがだったでしょうか、今回も語る内容が莫大、超ロングインタビューでありました。
2万字近くいきましたね。T田監督、お疲れさまでした。そして読者の方々、長い時間読んでいただきお疲れさまでした。


スポーツチームの指導者というのは、本質的には経営者です。チームを勝利に導く指揮官であり育成者でもあるが、理念と目的に邁進する組織のマネジャーであるということは、これまでにマネジメント論の記事でも再三伝えてきたとおりであります。しかし、こうやって生身の監督さんの生きた背景、考え、息遣いに接してみると、さまざまな人と話しているような気持にもなるのですが、その中で確かにチームを背負い大きくしようとしたい意志そのものを感じるのであります。

D大は大学創始者である新島襄が関わったとも伝えられる水上大運動会をもとにボート部創部へつながったともいわれている。
1891年4月15日、第一回春季水上大運動会が石山にて行われた。新島先生が1年前に亡くなり、新島精神の継承発展させることの決意の象徴として、全学行事として開催されたという。表彰式を校内で開き、校長が講演されたのち新島八重夫人が賞状と賞品を渡されたと記録にある。このことが、1891 WILD ROVER CREWすなわちD大ボート部の起点となり創部としているという。WILD ROVERとは、新島襄がアメリカ合衆国へ渡ったときの船の名だ。

D志社という校名は「志を同じくする者が集まって創る結社」という意味とのこと。
「Rowingの志」と同じく、ボート競技に高い志を持って荒波の船を漕ぎ出し世界に誇る素晴らしいクルーを多く輩出してほしい。その志を同じくする者が、さらに多く集まって大きな結社、すなわち大きな組織となるだろう。

こうした組織のリーダーとして、監督の果たす役割は限りなく大きい。
これからも、明日のボート人を育成する多くの監督の方々、指導者の方々に少しでもさまざまなリーダーの志を紹介していこうと思いますので、今後ともよろしくお願いします!

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