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高校ボート部紹介のシリーズ、今回はいよいよボートどころ北信越ブロックと東海ブロックです。全国に名を轟かせる強豪校が目白押し、この地域を勝ち抜くのは至難の業だが突破すれば全国上位をさらっていくというたいへんレベルの高い地域。多くの高校ボート有名校に迫っていきます。




高校ブレード 新潟県
新潟県

新潟(にいがた)
新潟市中央区に所在する新潟県の県立トップ高校。通称は「県高(けんたか)」。1892年に開校した旧制新潟中学校を前身とし、1948年学制改革により新潟県立新潟高校となる。1950年男女共学開始。
新潟高校のボート部は1895年創部とたいへん長い120年の歴史があり、練習の舞台は日本最長を誇る大河、信濃川(八千代橋~関屋分水水門前の水域)。2017年現在、部員15名。
ROAD OF ROWING - 新潟高校ボート部 なかなかかっこいい動画です。


新潟南(にいがたみなみ)
新潟市中央区に所在する県立高校。1939年新潟市立中学校として開校し、1953年県立新潟南高校となる。通称は「南高(なんこう)」。勉強面でも新潟の県立としては新潟高校に次ぐ。ボート部は創部60年以上になるようだ。やはり信濃川で練習し、新潟の強豪として毎年活躍。2015年インハイW4X+4位など実績多数。


阿賀黎明(あが・れいめい)
東蒲原郡阿賀町津川(ひがしかんばらぐん・あがまち・つがわ)に所在する県立中学校・高等学校。
1902年東蒲原郡立実業補習学校として開校。2002年新潟県立阿賀黎明中学校・高等学校と改称、併設型中高一貫校へ改組。1学年2学級と少人数編成。元々、阿賀町の高校生の町外流出を食い止めるために阿賀黎明の中高一貫校を設立したが、阿賀町の過疎化が進み生徒減が進行。残念ながら、2018年度より募集停止予定。
有名な新潟県津川漕艇場をホームとし地域あげて全国的な強豪高校阿賀黎明を作り上げてきただけに、高校ボートの中でも今後の動向が注目される。




高校ブレード 長野県
長野県

諏訪清陵(すわ・せいりょう)
諏訪市清水にある県立高校、現在は中高一貫校となっている。
1895年に創立された諏訪郡立実科中学校が前身。1948年県立諏訪清陵高校となり、2014年併設型の中高一貫校となる。校名の「清陵」は、地名である「清水が丘」に由来する。
「端艇大会」という全国的にも珍しいボートのクラスマッチが諏訪湖で行われている。第一回「端艇大会」は1901年(明治34年)開催。「われは湖(うみ)の子~」で有名な「琵琶湖周航の歌」は1917年成立のボート競技の歌であり数々のミュージシャンによって歌われ特に1971年の加藤登紀子のカバーは70万枚の大ヒットとなったがこの曲を作詞した小口太郎の出身校(現・諏訪清陵~現・京大)。また、「釣りバカ日誌」のスーさん(主人公ハマちゃんの釣りの弟子で社長)と、みち子(ハマちゃんの奥さん)の父親は、旧制諏訪中学出身という設定(スーさんは43回生、小林は38回生、ともに端艇部所属)。NHK朝の連続テレビ小説「かりん」(1993~94年)の学校のモデルともなった。
端艇部はこのように諏訪清陵ではたいへん存在感があり、入学した新入生全員が乗艇する「歓迎乗艇」という新勧イベントもあるとのこと。1901年創部の端艇部はもちろん全国レベル、長野を代表する伝統校だ。
諏訪清陵端艇部2014
進撃の諏訪清陵


下諏訪向陽(しもすわ・こうよう)
諏訪郡下諏訪町の県立高校。1980年県立下諏訪向陽高校として開校。
ボート部としては諏訪湖漕艇場がある下諏訪町のホームであるせいか、近年たいへん活躍が目立ち、2013年インターハイW1Xで長野県勢21年ぶりとなる優勝、2015年には男子でジュニア代表を出し全国トップ選手を輩出している。ちなみに2013インハイW1X1~3位(I上選手、K野田選手、Y川選手)まですべてW大に進学している。
下諏訪向陽のブレードは青・白・青のデザインもありましたが、インハイ優勝のI上選手やジュニア代表N村選手のブレードは上の緑のデザインだったのでこちらを採用させていただきました。


諏訪実業(すわ・じつぎょう)
諏訪市清水の県立高校。略称は「諏訪実(すわじつ) 」。1901年諏訪市立高等学校の前身である、高島縫製専修学校が開校。
1948年諏訪商業学校、諏訪女子商業学校、諏訪市立高等学校の3校が統合し、諏訪市立長野県諏訪実業学校となる。1949年県立諏訪実業高校となる。かつてジュニア強化選手なども出したが、最近はボート部情報が少ない。


岡谷南(おかやみなみ)
岡谷市の県立高校。1941年岡谷市立岡谷中学校として開校し、1948年岡谷南高等学校と改称、1949年長野県立岡谷南高校となる。1979年まで長野県最後の男子校だったが共学化。
ボート部は全国に名高く、I波選手(モスクワ五輪代表)、I本選手(シドニー、アテネ、北京、ロンドン五輪代表)、I井選手(現◯TT東日本コーチ)と、代表選手を数多く輩出。
2017年南東北インターハイではM4X+が見事優勝、1992年M4+以来25年ぶりとなる全国優勝を果たし、長野ボートのレベルの高さを示した。
岡谷南高校漕艇部 2015年度 PV
2017インターハイM4X+決勝


岡谷東(おかやひがし)
岡谷市の県立高校。1912年諏訪郡平野村立農蚕学校が起源、さまざまな学校名を経て、1948年長野県立岡谷東高校となり、翌1949年岡谷北高校を統合。女子校だったが1987年男女共学となる。
岡谷南高校とともにスケート部も強豪だが、ボート部も強豪であり、諏訪湖で日々トレーニングに励んでいる。


東海大諏訪(とうかいだいすわ)
茅野市玉川に所在する私立高校。略称は「東海大諏訪(とうかいだいすわ)」であり、校名変更前は「東海大三」。日本全国に14校ある東海大学の付属高校のひとつ。
1963年東海大学第三高等学校として開校、2004年東海大学付属第三高等学校となりさらに2016年に東海大学付属諏訪高等学校に校名変更。
正式にボート部があるとは確認できなかったが、過去に東海大第三として全国大会に出ていたりマシンローイングクラブへの参加があるため入れさせて頂きました。




高校ブレード 富山県
富山県

八尾(やつお)
富山市八尾町の県立高校。大阪府立八尾(やお)高校もあるが、こちら富山県のほうはボートの名門・八尾(やつお)高校。1922年八尾町立八尾女子技芸学校として開校、1948年県立八尾高校となる。
1967年に創部し、2017年に創部50周年を迎えた八尾高校ボート部は、1973年インターハイ初出場以来、延べ種目でインハイ18回、国体21回、全国高校選抜3回の優勝を誇り、代表選出による世界ジュニア出場も12回を数え、まさに富山ボートのみならず高校ボートを牽引する存在として活躍し続けている。
2017年現在部員33名、富山県漕艇場(神通川)で練習を積んでいる。このコースは神通峡というダムになっており他の船舶の航行がなく環境はたいへん良い。


富山工業(とやま・こうぎょう)
富山市の県立高校。通称「富工(とみこう)」。1948年近隣4校を統合して県立富山西部高校となる。1951年に県立富山工業高校と改称。
2010年、同じ富山市内にあったボートの強豪・県立大沢野工業高等学校と統合した。大沢野工業時代は2005年インハイM4X+優勝している。八尾高校と同じく富山県漕艇場でトレーニングをしており、部員数も多く八尾高校と良きライバル校として日々切磋琢磨している。


富山第一(とやま・だいいち)
富山市に所在する私立高校。通称、「富一(とみいち)」、もしくは「一高(いちこう)」。1959年開校、1962年学校法人富山第一高等学校となる。富山県最大の私立高校として、通学範囲は富山県内のほぼ全域に及ぶ。スポーツが盛んで、サッカー部は全国の常連で多くのJリーガーを輩出、2013年全国初優勝。バレー部も男女強豪、野球部は2013年初めて甲子園出場を果たした。その他の部も強豪揃い。
ボート部員は少数のようだが、2015年インハイM1X優勝、国体も富山選抜としてM2X優勝を果たしたK田選手を出した。K田選手は親子2代のインハイ優勝という快挙だったとのこと。


富山東(とやまひがし)
富山市下飯野荒田に所在する県立高校。1962年県立富山東高校として開校。
Wikipedia情報ではボート部があるようだが、頂いた情報によるとまだボート部発足はしていないとのこと。しかし富山市内の高校には、ボート部のある楡原(にれはら)中や大沢野中など市内の中学からの卒業生や地域のジュニア経験者などが進学しボート部がなくてもボートを続けるケースがある。あるいは高校に入って水域で一緒にボートをする選手もいるようだ。富山東には、中央大に進みインカレ優勝するなど活躍したM本選手や、女子でも活動をしている選手を出している。富山東高校のブレードが輝く日を見たい。


龍谷富山(りゅうこくとやま)
富山市の私立高校。1936年富山実科女学校として開校。いくつかの校名を経て、1993年藤園学園龍谷富山高校に改称。1999年男女共学開始。
ちなみに、龍谷大学の付属高校は京都の龍谷大学付属平安高校のみで、龍谷富山は全国に数多く存在する龍谷総合学園の加盟校で、関係校としての位置付け。
近年、ボート部員が少しずつ増えているようだ。




高校ブレード 石川県
石川県

七尾(ななお)
七尾市の県立高校。通称「七高(ななこう)」、富山県には八尾高校があるが、石川県にはこの七尾高校がある。歴史は古く、1899年石川県第三尋常中学校を起源とし、県立七尾中学校を経て1948年県立七尾高校となる。
ボート部創部は1949年と記録にあるが復活してのものだそうで、旧制の七中時代からボート部があったと記録がある。OBOG会は七星会(ななせいかい)というロマンのあるネーミング、練習水域は七尾湾、赤地に「七」のブレードを掲げる姿は勇ましい。七尾高校による1992年全国選抜M4+優勝が星空のように輝くが、前年のM4+優勝校がお隣富山の八尾高校というのも面白いライバル伝説だ。
七星会のHP
1959GraduAlb.jpg
七星会のHPより転載。とてもかっこいいので、画像を拝借してしまいました。オールを天にかざす写真と、地に揃える写真と大きく2パターンあるが、昔のボート部の集合写真はいいですよね。


小松(こまつ)
小松市の県立高校。1898年前身となる石川県第四中学校が創立、いくつかの変遷を経て1948年県立小松高校となる。
金沢大学をはじめ、東京大学、京都大学、早稲田大学、慶應義塾大学などに毎年合格者を輩出しており石川県第2の進学校とのこと。
「文武両道」を標榜し、県大会では上位に食い込む部活動も多数存在。野球部は近年、夏の甲子園に二度出場している。ボートももちろん盛んで、創部は1949年、複数のオリンピック選手を輩出しており、特に有名なのはM井選手で、お父さんのT雄さんがメキシコ五輪、息子さんのK介さんがシドニー五輪と親子2代のオリンピック選手となり、弟さんのS平さんも代表として長年活躍した。年間行事としても7月に校内ボートレース大会が小松市のホーム水域である梯川(かけはしがわ)で行われている。


小松明峰(こまつ・めいほう)
小松市の県立高校。1978年開校し、1983年学校創立5年目で野球部が夏の甲子園に出場したほかスポーツが盛ん。また、吹奏楽部は2009年に吹奏楽コンクール全国大会に初出場し初の金賞を受賞しており常に全国トップレベル。
ボート部は創部2003年あたりでまだ歴史が新しいようだが、多数のジュニア代表選手を輩出するなど全国レベルの強豪として名高く、男女1Xなどで全国優勝を何度も果たした。日頃多くの指導を受けられるわけではなく、自主性が強さの秘密だとのこと。2015年時点で部員32名を数える。しかしその強さの背景には、小松市ボート協会のジュニア期からの丁寧な育成環境があり、梯川に小松市共同艇庫ができた2003年頃から躍進の要因は始まっていたようだ。国際的な選手を次々に育てる石川ボートの底力を、小松、津幡ほか多くの地域で感じることができる。


津幡(つばた)
河北郡津幡町(かほくぐん・つばたまち)の県立高校。1924年津幡町ほか13町村組合立河北農蚕学校として開校し、1948年県立津幡農学校と県立津幡高等女学校との統合により、県立津幡高校となる。
津幡町には6レーン1500mの津幡漕艇競技場があり、津幡高校と金沢大学がこのコースで練習をしている。
ボート部は1985年創部、アトランタ、シドニー五輪代表となり日本でM1Xとして初めて7分を切ったことでも知られるH谷選手がいる。
石川県はボートが盛んで、かつては県内トップの進学校である金沢泉丘高や金沢二水高をはじめ多くの高校でボート部があり多くの名選手が育ったと記録がある。(石川県ボート協会HPより)現在も、泉丘と石川高専にはボート部員がいるようだ。
大学にも多数ボート部があり、ボートどころ石川県の盛り上がりをまた見てみたい。


金沢桜丘(かなざわ・さくらがおか)
石川県金沢市の県立高校。通称「桜(さくら)」。1921年県立金沢第三中学校として創設し、1949年金沢第三高等学校と統合され県立金沢桜丘高校となる。現在中学経験者が在籍しマシンローイング大会などに参加している様子。


石川高専(いしかわ・こうせん)
石川工業高等専門学校は、河北郡津幡町にある日本の国立高等専門学校。1965年に設置、略称は石川高専。私立の金沢高専(金沢工業高等専門学校)に対して、国立高専または国高専(こっこうせん)と呼ばれることもある。河北潟でボートの実習をやっていたり、ヘッドオブ津幡のレースに出漕するなどボート部として活動しているようだ。




高校ブレード 福井県
福井県

美方(みかた)
三方上中郡若狭町の県立高校。1969年に県立美方高校として開校。
校舎は三方上中郡若狭町に置かれているが、三方郡美浜町との境に立地しており、教室棟や第一体育館等が若狭町に、第二体育館や校庭の大半が美浜町に属するという立地の関係で、美浜と三方を合成した「美方」の名が用いられている。
福井県内の普通科高校は、いわゆる福井御三家(藤島、高志、武生)以外の学校には特別進学コースがおかれることが一般的で、美方高校にも普通科3クラスのうち1クラスが特別進学コース。比較的新しい県立高校である状況の中、着実に進学面の実績を上げ、2003年度には京都大学に2名進学している。例年、国公立大学には旧帝大を含め35~50名進学している中堅進学校とのこと。
美方といえば何といってもボート競技であり、毎年10月中旬に久々子湖で校内レガッタ大会を開催している。そして、全国でも一、二を争うボートどころと言ってもいいくらい地元の理解と応援を一心に受け最も普及と強化に成功している県の一つが福井県だ。
その筆頭と言ってもよい美方は全国大会表彰台の常連校であり優勝回数はずば抜けており、また多くの日本代表を輩出している。学校のすぐ近くに三方五湖の一つ久々子湖ボートコースがあり、地域一体となって有望な選手たちを育てている。
美方高校女子ボートを紹介するニュース動画


若狭(わかさ)
小浜市の県立高校。1774年小浜藩の学問所(藩校)として開校したのが起源とされるが、創立とみなされるのは1897年の小浜尋常中学校。以来、多くの変遷を経て小浜水産高校となったり若狭高校となったりするが、2013年海洋科学科の設置にともない、分かれていた県立小浜水産高校と統合し県立若狭高校に一本化される。
卒業生には有名な人が多く、「スクール☆ウォーズ」のモデルとなった伏見工業のラグビー指導者山口良治、9代目うたのおにいさん杉田あきひろ、元おニャン子クラブにしてアイドルプロデューサー秋元康さんの夫人高井麻巳子、お笑い芸人の村本大輔などがいる。
ボート部の歴史は古く、明治時代の小浜中学の頃からボート部があったもよう。小浜水産高校のときには2009~2011年に3年連続インハイ優勝(W4X+2連覇、W2X)があり、若狭高校でも2013年全国選抜M4X+優勝、2014年インハイM4X+優勝、2015年インハイM2X&W2Xのダブルアベック優勝など全国優勝は数多い。
若狭高校男子ボート部


若狭東(わかさひがし)
小浜市の県立高校。1920年遠敷郡立遠敷農林学校として開校し、若狭農林高校を経て、1987年普通科、工業科設置により、県立若狭東高校となる。練習場所は若狭高校と同じく小浜市内の南川および美浜町の久々子湖。
ボート部は近年めざましく強くなり、2016年全国選抜W1X優勝(K原選手、現・関電小浜)、2017年全国選抜M2X優勝。部員は20名以上になるようだ。


敦賀工業(つるが・こうぎょう)
敦賀(つるが)市の県立高校。1962年県立敦賀工業高校として創立。
ボート部はやはり強豪県福井の一角として、1996年全国選抜M4+優勝、2007年にインハイM2X優勝するなど、毎年のように全国上位を争っている。
練習は久々子湖で美方高校とともに福井県勢として高め合っている。2018年福井しあわせ元気国体の会場はもちろんこの久々子湖ボートコース(漕艇場)だ。
日本ジュニア代表コーチであり上の世代の指導も手掛ける名将のM田先生を中心に、オール福井体制で2018福井国体を見据え万全の強化体制を敷く。
福井新聞ONLINE 福井国体へ向け、「王国の礎 嶺南4高校が切磋琢磨」




北信越地域はいずれも全国に名だたる強豪校がひしめき、優勝経験も豊富でさらに高いレベルをめざし争っているが、福井県を筆頭に地域としての普及と強化に成功しているケースが多い。強豪大学出身で地元に戻り指導者として成功する先生や外部コーチが多く指導レベルが優秀なのもあるが、それは横のつながりや情報共有があってこそ。育成のカギは地域あげての理解や支援であり、自治体と住民を巻き込むこと。そして、ボート協会としての意識の高さや情熱がやはりカギになってくる。県ボート協会の結束の強さ、指導者の結束や情報網、さまざまな共有と、そして地域の資金により艇庫や艇のハード面も充実させる。結局はボートにおける人・金・物・情報という資源にすぐれた地域がしっかりとよいサイクルを生み出しボートで強くなり人を育てているということになる。







高校ブレード 静岡県
静岡県

沼津東(ぬまづひがし)
沼津市の県立高校で、静岡県では三本の指に入るような進学校として知られる。通称「沼東(ぬまとう)」。1901年静岡県立沼津中学校として開校し、1949年静岡県立沼津東高校に改称。
ボート部はたいへん歴史があり、創部は1903年。昭和初期から全国優勝の実績があって全国入賞も多く、最近では2014年全国選抜W2X優勝があり、14年ぶりに会場の天竜がある地元静岡県勢の選抜優勝を飾った。
このほか多くのボートマンを輩出し、市内の狩野川で文武両道をめざし日夜練習を積んでいる。
沼津東高校ボート部PV 2016
沼津東高校ボート部PV 2017


沼津工業(ぬまづ・こうぎょう)
沼津市の県立高校。1939年県立沼津工業学校として開校し、1948年県立沼津工業高校と改称。通称「沼工(ぬまこう)」。
2011年、O塚選手が高校生ながら全日本選手権で代表のS田選手、T田選手に続くM1X3位に入る快挙を果たし、ジュニア代表にも選ばれる。その後世界のユニバーシアードLM2X3位になるなど活躍。同じく2011年は女子もU松選手がインハイW1X優勝を成し遂げた。


飛龍(ひりゅう)
沼津市の私立高校。1942年沼津学園高等女学校として開校、1948年沼津学園高等学校となり男子部を設置。2003年に飛龍高校と改称する。スポーツには力を入れている。
ボート部は現在休部か。


清水南(しみずみなみ)
静岡市清水区にある県立の併設型中高一貫校。1963年に清水東高校の分校として開校し、翌年に独立。2003年度より、既存施設内に県立中学校(県立清水南高校中等部)6クラス240名を併設。校技は男子はラグビー、女子はバレーボール。
静岡県中部地区では唯一ボート部がある高校で、晴天時は清水港(折戸湾)で乗艇練習をするが、2017年高3の部員1名だったため2018年から休部との情報あり。部員入部が待たれる。


天竜(てんりゅう)
浜松市天竜区の県立高校。二俣校舎と春野校舎から成り、生徒の減少に悩んでいた二俣高校と天竜林業高校とが統合し、2014年新たに県立天竜高校として開校した。二俣(ふたまた)と天竜林業はともに全国的に知名度があるボート部強豪校であり、また毎年3月に行われる全国高校選抜ボート大会の会場となる高校ボートの聖地・天竜ボート場をホームとする2校だっただけに、大きな統合だ。
ちなみに、校歌「天に竜在り 地に竜在り」の作詞は田中章義、作曲は爆風スランプのサンプラザ中野くんである。サンプラザ中野くんと言えば早稲田大学ボート部に少しだけ在籍したエピソードで知られており、何か縁があるようだ。
2016年全国選抜では地元の大声援を受けW2X準優勝を果たし、強さを見せた。
ボートのまち・天竜
天竜区PRムービー ボートのまち天竜編


オイスカ
浜松市西区にある私立高校。設置者は学校法人中野学園で、その母体は国際NGO(非政府組織)であるオイスカであり、1983年オイスカ高等学校として開校。


浜松北(はままつきた)
浜松市中区にある県立高校。静岡県有数の進学校として知られ毎年多くの国公立大や上位私立の実績を出している。浜松地区では通称「北高」だそうだが、浜松以外では「浜北」と呼ばれることが多い。学校祭・運動会などの学校行事が盛ん。
1894年静岡県尋常中学校浜松分校として創立し、1948年県立浜松第一高等学校とするが翌1949年に県立浜松北高校と改称。
漕艇部も全国大会の常連で、創部は1970年、1990年には記念すべき第1回全国高校選抜で地元浜松の高校としてM4+優勝を成し遂げている。
近年も浜北ボート部出身者は京大、東大、名大、早稲田大、中央大など多くの大学でボートを続け、中心選手として活躍している。
浜松北高校ボート部PV 2013
浜松北高校ボート部PV 2014


浜松西(はままつにし)
浜松市中区にある県立の併設型中高一貫校。通称「浜西」だが、旧浜松市域では西高と略称される。
1924年県立浜松第二中学校として開校、1948年静岡県立浜松第二高校となるが翌1949年校名変更により、県立浜松西高等学校となる。2002年中等部を設置。
ボート部は1973年創部、浜西は今勢いがあり、2017年インハイでは激戦の静岡県予選を3種目制し、同校初の3種目出場(W1X、W2X、M4X+)を果たした。全国上位入賞も多い。
浜松西高校ボート部PV 2012


浜松湖南(はままつ・こなん)
浜松市西区にある県立高校。1983年県立浜松湖南高校として開校し、通称「湖南(こなん)」。ちなみに、人口85万人を数える浜松市には、浜松湖東高校と浜松湖北高校もある。
浜松市の天竜地区以外のボート部がある高校のほとんどは佐鳴湖ボートコースで練習しており、日々ライバル校と鎬を削るよき競争環境にある。入野中、佐鳴台中と中学ボートも盛んだ。
湖南ボート部は、2005年にインハイM2Xで初優勝、2008年インハイM2X優勝、2009年インハイM1X優勝を果たしている。
浜松湖南高校ボート部PV


浜松大平台(はままつ・おおひらだい)
浜松市西区の県立高校。2006年県立農業経営高校と県立浜松城南高校が合併し、開校した。元々は合併した両校とも1960年代に設立されている。
新しい高校だが、創部2007年の大平台ボート部は佐鳴湖の素晴らしいボート環境で急速に力をつけており、2017年国体の静岡選抜クルーではW4X+のうち実に4人が大平台の選手で4位入賞、男子1Xも強化指定に選ばれるなど全国的な静岡の強豪となりつつある。この背景には、天林ボート部(天竜林業)の顧問先生が大平台に転勤になったことが要因のようだ。やはり指導者の移り変わりや動向で勢力図が大きく変わるのが常だ。


浜松学芸(はままつ・がくげい)
浜松市中区にある私立中学校・高等学校(併設型中高一貫校)。
1902年浜松裁縫女学校として開校、音楽や美術などさまざまな芸術科コースの設置や変遷を経て、1996年高校を浜松学芸高等学校へと改称、男女共学となる。


浜松学院(はままつがくいん)
浜松市中区にある私立中学校・高等学校(中高一貫校)。遠江商業学校として1924年に開校し、70年余りに亘って商業学校として地域経済の一端を担ってきたが、1998年に商業科は閉科。1995年男女共学に移行、2011年に興誠中学校・高等学校より名称を変更し浜松学院となる。


新居(あらい)
湖西市新居町の県立高校。1928年新居町立新居実科高等女学校として設立、1948年新学制の実施により静岡県新居高等学校となり、1949年県に移管し、静岡県立新居高校となる。
練習水域は浜名湖の大正川近辺のようで、ここに新居高校ボート部艇庫もある。1999年、2000年とインハイM2X2連覇など実績も十分。
新居高校ボート部 空撮動画


湖西(こさい)
湖西市鷲津にある県立高校。1979年静岡県立湖西高等学校として開校。練習水域は浜名湖の鷲津航路。
湖西市は静岡県の最も西に位置し、2010年に新居町と合併した。浜松市と愛知県豊橋市に隣接し、湖西とは浜名湖の西岸の町というのが市名の由来。




高校ブレード 岐阜県
岐阜県

加茂(かも)
美濃加茂市本郷町にある県立高校。新潟県にも加茂市があって新潟県立加茂高校という同名の高校が存在するが、もちろん関連はなし。
1911年加茂郡立農林学校として設立、1948年岐阜県立加茂高校と改称。2007年県立白川高校(加茂郡白川町)を統合。
ボート部は1960年創部以来、数々の全国優勝を果たしており、1960年代はナックルフォアで国体4連覇、1998年インハイM4+優勝、近年も名将F田先生のもと過去5年でインハイW4X+3度の優勝を成し遂げており、ジュニア代表選手も数多く育てている。
練習水域は飛騨川の小山観音付近に艇庫があり、川辺漕艇場や木曽川でも練習しているとのこと。2016年時点で男女合計60名以上の高校ボート部としては大所帯の規模で活動。
加茂高校 期待の選手紹介TV番組
加茂高校 新勧ムービー
加茂高校ボート部紹介 2006


美濃加茂(みのかも)
美濃加茂中学高校は、美濃加茂市本郷町にある私立中高一貫校。1973年 学校法人愛知女子商業学園によって美濃加茂高校として開校し、2001年美濃加茂中学を設置。
1994年インハイM4+優勝、1998年インハイM2X優勝の実績があるが、90年代だけでなく2016年インハイM2X決勝4位など近年もしっかり全国で争っている。
練習水域は「ボート王国かわべ」ことボートのまち加茂郡川辺町が誇る川辺漕艇場、部員は現在30名ほど。


東濃実業(とうのう・じつぎょう)
可児郡御嵩町(かにぐん・みたけちょう)にある県立高校。通称「東実(とうじつ)」。1921年可児郡立可児実業学校として設立、1960年東濃高等学校から分離独立し、県立東濃実業高校となる。
ボート部は川辺漕艇場で練習し、現在部員10名ほどのよう。1995年、1998年と全国選抜W1X優勝したり、5年ほど前には2年連続でジュニア代表選手を出した。特に1998年S合選手が全日本W1X優勝を果たしており、数少ない高校生としての全日本優勝の快挙だ。


恵那(えな)
恵那市にある県立高校。1922年県立恵那中学校として開校し、1948年恵那高校と恵那女子高校の二校を統合し、共学の県立恵那高校となる。
ボート部は名門で創部1962年、全国優勝は何度もしており早稲田大~明治安田生命に進み長く代表として活躍されたI畔選手やM谷選手を輩出している。近年もU23代表のN瀬選手を出したり2015年全国選抜M4X+優勝など強豪であり続けている。
恵那高校ボート部勧誘PV 2007
2011恵那高校漕艇部


八百津(やおつ)
加茂郡八百津町にある県立高校。八百津町の八百津中と八百津東部中とともに中高一貫教育(連携型)を行っている。通称「八百高(やおこう)」。1943年八百津町立高等女学校として開校し、1948年に県立八百津高校に改称。
ボート部は部員40名ほどで活動。練習水域は八百津町B&G海洋センターがある木曽川の蘇水公園。創部は1962年、その創部50周年の2012年インハイW2X優勝という快挙を果たした。1990年代にもインハイM2X2度の優勝があるなど強豪だ。




高校ブレード 愛知県
愛知県

旭丘(あさひがおか)
名古屋市東区に所在する県立高校で、愛知県の県立トップの進学校として知られる。
1870年に尾張藩の設立した藩校・洋学校を起源に持つ。1899年に愛知一中と改称されて以降は、東京府立一中(現:日比谷高校)、神戸一中(現:神戸高校)と並び、「一中御三家」と称された。さまざまな変遷と統合を繰り返し、1948年県立旭丘高校となり男女共学を開始。
創部1901年という歴史ある旭丘ボート部はやはり強く、2004年インハイM4X+優勝、2014年インハイW1X優勝をはじめ多くの実績がある。やはり最近では日本代表オープン女子の星S原選手とY川選手を輩出したことが有名だろう。
旭丘高校ボート部2011年新勧PV


豊田北(とよたきた)
豊田市にある県立高校。愛称は「豊北(とよきた)」または「北高」。1979年県立豊田北高校として開校。ボート部は部員20名ほど、すぐ近くを流れる矢作川で練習している。
2017年は創部以来初めてインハイ県予選で男女総合優勝するなど力をつけている。


猿投農林(さなげ・のうりん)
豊田市の県立高校。1906年西加茂郡立農学校として設立し、1948年県立猿投農林高校と改称。猿投(さなげ)という一風変わった地名は、「景行天皇が伊勢国へ行幸で赴いた際に、かわいがっていた猿が悪戯をしたり不吉なことを行ったので、海へ投げ捨てた。その猿が鷲取山(今の猿投山)に隠れて住んだとされることから、"猿投"と呼ばれるようになった」という言い伝えにちなんでいる。
ボート部は2000年代になってから特に強く、全国優勝を勝ち取るようになり特に2012、2013年のインハイM4X+2連覇の偉業達成が光り、また女子も強く、O石選手、I鍋選手など女子トップスカラーを輩出している。


東郷(とうごう)
愛知郡東郷町の県立高校で、1968年県立東郷高校として開校。カヌー部も全国的にたいへん強豪だが、ボート部も有名。東郷町の愛知池漕艇場で練習しており、人工池で風もほとんどなく素晴らしい環境のコース。毎年4月に中日本レガッタが行われ、トヨタ紡織やデンソーといった社会人トップチームも本拠とし、さらに8月には東郷町民レガッタを開催しボートの町といった雰囲気だ。




高校ブレード 三重県
三重県

津(つ)
津市新町三丁目にある県立高校。通称は「津高(つこう)」。三重県の県庁所在地である津(つ)市は日本で一番短いひらがな一文字の名で有名。県立トップ校かと思いきや三重県最大の都市四日市の県立四日市高校のほうがどうやら進学実績が高いようだが、津高校は勉学はもちろん歴史と伝統という点では三重の県立随一といってよいようだ。1880年に津中学校として開校し、1948年津中学校と津高等女学校が統合し、三重県津高等学校誕生。1951年に県立津高校となる。ボート部もたいへん歴史があり創部1886年、ボート部は津高のシンボルだとのこと。同じく100年を超える歴史がある名古屋市の旭丘高校とボートの対校戦を毎年開催しており、津市を流れ伊勢湾に注ぐ岩田川で練習している。全国優勝は1937年、そして2005年と2006年の3回。特に2005年国体少年M1Xと2006年全国選抜M1Xの優勝はS水選手によるもので、津高の強さを全国に示した優勝だった。


津商業(つ・しょうぎょう)
津市渋見町に所在する県立高校で、通称「津商(つしょう)」。1921年三重県励精中学校が設立、1954年津高校の商業課程が独立し1955年県立津商業高校となる。部活動がさかんな校風で、特に女子バレーボールが強く、ビーチバレーの浅尾美和選手をはじめ多くのスポーツ選手がいる。男女共学だが、津商ボート部は女子ボート部のみという珍しい学校だ。2006年インハイ準優勝があり、ジュニア代表に選ばれた実績あり。練習水域は津高と同じ岩田川(いわたがわ)、また雲出川(くもずがわ)でも漕いでいる。


昴学園(すばるがくえん)
三重県立昴学園高等学校(すばるがくえん)は、三重県多気郡大台町にある県立高校。全国でも珍しい全寮制の公立高等学校総合学科であり、一見私立高校の名前のようだが県立高校。1987年県立荻原高等学校として設立するが、1995年県立昴学園高校と改称。校名には、全寮制で三重県内全域から生徒が集まって輝き、特色ある5つの分野(国際交流・環境技術・美術工芸・介護福祉・総合スポーツ)の教育内容を用意しておりそれらが総合学科としてまとまっているなど、新しいタイプの高校をめざしているために名付けられた。ボート部は少人数のようだが、大台町の奥伊勢湖漕艇場のダム湖で練習。ここは三瀬谷(みせだに)ダムとも呼ばれ、水質日本一で知られる清流で名高い宮川の水系にあり、三重県の他の高校のほか地元の宮川ボートクラブのホームでもあり、2021年三重国体ではボート競技の会場となる予定だ。


相可(おうか)
多気郡多気町(たきぐん・たきちょう)にある県立高校。相可(おうか)と読む。1907年相可村外三ヶ村組合農業学校として設立され、1955年県立相可高校となる。2010年、県立宮川高校と統合。新校は相可高等学校の敷地に開設し、校名は公募と協議の上で相可高等学校になった。宮川高校といえば高校ボート関係者はよくご存じだろう、三重県のボート強豪校で、2000年インハイ、高校総スカル化になる前の最後のM4+優勝校だ。この決勝も劇的で、「Rowing」誌2000年8月号によると、宇和島東と瀬田工の一騎打ちかと思われたが宮川が飛び出し南稜と二俣が追走、しかし半艇身リードを守った宮川が初優勝を遂げた。顧問の先生はボート素人から初めて20数年、最後のインハイで迎えた岐阜川辺での大会、M4+優勝とM2X準優勝という最高の結果だったとのこと。この宮川高校のブレードを受け継ぐ相可高校、強豪校の魂を継ぎ三重ボートの強さを再び天下に示すか。




東海地域も、県東部・県中部・県西部それぞれ多くの地域と多くの高校ボート部がある静岡、「ボート王国かわべ」の漕艇場を有し飛騨川・木曽川・長良川と水と自然に恵まれいずれの高校も何度もチャンピオンとなり強豪として群雄相争う岐阜、伝統と強さを併せ持ち熱意ある指導者が育て有力企業も集まる愛知、同じく伝統とこれからの可能性を大きく秘めた三重。いずれも激しい争いがありながらボートの交流と地域のボート熱に溢れているのが、この東海ブロックだと感じる。
中心となる水域のボート環境を守り発展させ、より多くの地域住民のボート愛を育みつつ日本ボートを背負う人材を多く育ててほしいと願います。
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