全国の高校ボートファンの皆様、お待たせしました。
今回から日本全国の高校ボートチームをブレードカラーとともに紹介するシリーズをスタートいたします。

これまでインカレ、全日本に出漕するチームは紹介してきましたが、当ブログがいまだチャレンジしていない高校ボートのチームについても紹介し、日本のボートを知って少しでも皆様のモチベーションアップに役立てたいと思った次第です。
思えば大学のブレードカラー一覧を作ったのが2014年秋、この頃から大学以外のブレード紹介の需要を感じていました。かつてネット上に高校ボート部のブレードカラー一覧もあったはずなのですが削除されてしまったようで、私のブログではインカレのチーム紹介で大学、全日本のチーム紹介で社会人やクラブと手を広げましたが、未知なる高校ボートのブレードはいつかやるのかも・・・と思っていました。当初は、「高校ブレードは多過ぎるのでやりません」と宣言していましたが、ついに。ついにこのたび、実行したのです!

今回の記事を作るにあたり、高校ブレードの資料を提供下さった関係者の方々に厚くお礼申し上げます。
また、特に日本ボート協会のTさんには多忙な中たいへんお世話になりました。心よりお礼と感謝を申し上げます。

高校ブレード、そして創部や練習場所、その他紹介する情報などはかなり間違いや不備も多々あるかと思います。明らかに間違っていたり、またネット上などで調べ切れず「?」マークの高校の関係者の方々にはたいへん失礼を致しております。ご存じの方は当ブログまでご一報ください。
それから、今回は資料の意味合いを持つために実名での記事となり、失礼な表現等々を重ねてご容赦ください。紹介文のほとんどはネット情報をもとにしています。プラス日ボの「Rowing」誌なども参考にしていますが、ネット情報の多い少ないで高校の紹介文の量が増減していますがこれについてもご了承ください。
日本のボートを盛り上げ、貢献したい気持で書いておりますのでよろしくお願いします。




さて今回、調査の結果何と高校ボート部は全国に256チームもあることが判明!!(252高校、4高専)
今回紹介のほかにも1名や数名だけ部員がかつて在籍した高校、休部が長くほとんど廃部の高校、などは掲載していないことがあります。しかし、同じく1名だけとか現時点で活動できていない高校を載せている場合もあります。ですから実際にはあと推定で40、50校くらいはボート部があったといえるような気がします。また昨今は高校の統廃合でなくなってしまった高校や、名前が変わってなじみのない高校名も増えています。ちゃんと部員がいて活動しているのにうちがない!という関係者の方は重ねてお知らせください。ブレードカラーと創部年度などの情報もあると助かります。

高校ボートの場合、地域での活動になることが多く、色んな高校から参加して1つの拠点や水域、同じ指導者のもとで練習しているケースも多いんですよね。「ボート部」の定義づけは難しいのですが、多くは学校の名を背負って大会に出ることがほとんどです。
高校は大学以上にネット情報が出ていないことが多い印象があったので、ブレード調査は難航すると思われましたが意外と何とか手がかりをつかみながら調べることができました。また、多くは資料としていただいたインターハイのパンフレットから参考にしています。

高校ボートを調べたことで、各都道府県のボート事情、強さの秘密など色々知ることができた気がします。
また、ボートに長く関わることで必ず聞き及ぶ強豪校や有名選手、名指導者、水域の素晴らしさ。こうしたさまざまな情報や背景が、ボートに関わる人を多く知って刺激になること世界が広がることにつながるのだと思いますね。



そのようにして、北海道東北、関東とブレードを作っていったら、それだけで90校近くに上り、「やばい、まだ半分も行っていない。まじか・・・?」と先が見えなくなりましたが、何とかブレードは完成させることができました。
しかし、紹介文を書くのが想像以上にものすごく時間がかかり、さすがに256校となるとたいへんな数です。簡単に言えば世界各国196か国をすべて調べて国旗と紹介文を並べるより数が多くなるわけで、とほうもない作業となっています。
というわけでやむを得ずシリーズ化しました。少しずつ、地域ブロックごとの紹介をしていきたいと思います。

では前置き長かったですが、今回は北海道・東北編をどうぞ!






高校ブレード 北海道
北海道

石狩翔陽(いしかり・しょうよう)
石狩市の道立高校。1978年石狩高校として開校し、2001年石狩翔陽高校となる。全国大会の常連であり、北海道では小樽潮陵と並んで名門とされる(Wikipediaより)。茨戸をホームとしており、毎年インハイに出場を決めている。
茨戸川(ばらとがわ)は、流域面積日本2位、長さ3位を誇る石狩川の下流から分かれた三日月湖で全長20km。北大艇庫の向かいに共同艇庫があり石狩翔陽もここでトレーニングしている。石狩翔陽高はこのすぐ近く茨戸川のほとりに校舎があり、石狩市役所も茨戸川沿いだ。川を挟んですぐ札幌市に入り、190万都市札幌の中心街まで10km圏内とアクセスが良い。


小樽潮陵(おたる・ちょうりょう)
小樽市の道立高校。1902年に開校した小樽潮陵の前身である旧制・小樽中学時代から古豪として知られる。小樽でのボート競技の歴史は古く、1896年(明治29年)に小樽で第1回北海道大会が開かれ、小樽の企業が多数出場したという。大正から昭和初期にかけて、潮陵、桜陽、千秋(現工業)、商業、双葉と各高校にボート部ができ、1926~1930年の全国5連覇をはじめ全国で何度も優勝、日本代表や日ボ会長らを輩出、「ボート小樽」の名が知れ渡る。近年は復活傾向で、往年の強さを取り戻しつつある。


小樽桜陽(おたる・おうよう)
小樽市の道立高校。開校は1906年とやはり歴史がある。小樽市は札幌市からJR函館本線(函館~旭川)で15駅ほど(30km弱)離れた石狩湾に面した人口12万人の港湾都市。市内には寿司店が100以上並び、「北の商都」と呼ばれるように日本海交通や通商の要衝であると同時にグルメな街、観光都市でもある。先に見たように小樽市の8つの高校のうち5校にボート部があったことで、実はボートの町としてRowing文化を育んできた。生徒たち、潮陵生とともに桜陽生は小樽市内でも存在感があるようだ。


小樽工業(おたる・こうぎょう)
1939年道立の小樽工業高校として開校し、普通科の小樽千秋高校を経て再び小樽工業に。全国的な学校再編の波の中でこの2018年春に小樽商業高校と統合し「小樽未来創造高校」として新たに開校になるとのこと。小樽工業も小樽商業もボート部があったが近年部員があまりいないようで、この新しいスタートを機にボート部も勢いを取り戻してほしい。


函館水産(はこだて・すいさん)
1935年開校の道立高校函館水産はボート部1954年創部、練習場所は学校から8kmほど離れた函館港。イカ釣り漁船の高波に耐えながら日々練習に励んでいるとのこと。略称は「函水(かんすい)」。部員は3学年15名前後のようだが、U19代表にも選出されたK村選手(現・N大)を輩出、2015和歌山国体少年M1Xで優勝。北海道勢では実に27年ぶりの全国優勝を成し遂げた。


七飯(ななえ)
函館市の北に位置する七飯(ななえ)町の道立高校。やはり函館港で練習しているのだろうか?近年のマシンローイング北海道大会に出場しているので入れさせていただきました。ちなみに、函館西高校もボート部あるようですが部員がいないようで情報もないために、今回は掲載いたしませんでした。


網走南ヶ丘(あばしり・みなみがおか)
1922年、旧制の網走中学として開校、1948年道立網走高校となり1950年に現在の網走南ヶ丘高校となる。網走市は北海道の北東、オホーツク海に面した位置にあり、北海道の北端なのに海に面しているため寒暖差が少なく意外と温暖であるとのこと。降雪量もさほどではないとのことで、流氷のイメージがあったためこれは意外だった。網走にはいくつも湖があり、ボートコースは日本3位の面積を誇るサロマ湖ではなく、市街地に近い網走湖にある。赤いブレードにプライドを持ち、20年ほど前にスクールカラーの緑に一時期変わったが、反対意見多数で翌年には伝統の赤に戻ったとか。


網走桂陽(あばしり・けいよう)
2008年、道立の網走向陽高校と私立の網走高校が統合して開校した道立の網走桂陽は、比較的新しい高校だ。しかし、ボート部はいま勢いがある。網走市は赤いブレードの南ヶ丘と水色ブレードの桂陽の2校で日々網走湖で切磋琢磨しており、同一水域での競い合いは理想的だ。北海道ボートは、各水域にボート協会が存在し情報発信も充実していてたいへん素晴らしい。網走ボート協会でも、網走でのボートに対する関係者の参加意識の高さがよく感じられる。


釧路工業(くしろ・こうぎょう)
1939年道内3校目の工業高校として開校、1950年道立釧路工業高校となる。道東最大の都市・釧路は太平洋に面しており、釧路湿原やタンチョウ鶴の飛来地など有名なスポットがたくさんある。釧路工業ボート部は50年以上の歴史を持ち、釧路川で日々トレーニングに励んでいる。釧路工業Facebookを見ればPVが見られる。


北海道ボートは、全道9校としたがかつてボート部があった高校もあり、調べてみたらたいへん歴史のある高校ばかりだった。小樽市が北海道ボート発祥の地のようで、港町であるためRowingのような海外文化が伝わり発展するのも早かったのだろう。
北海道は、晩秋になると「納艇」と呼ばれボートを艇庫に格納し冬場は水域の多くが凍ってしまうため水上練習ができなくなる。そのようなハンデをものともせず、むしろ強みに変えて一時期を築いたようにまた全国でその名を轟かせてほしい。






高校ブレード 青森県
青森県

青森(あおもり)
続いて、青森県。47都道府県、まだまだ序の口ですよ!(笑)
まず最初は青森高校、青森の県立トップ校だ。現在、およそ部員30名ほどで活動しているとのこと。かつては3年連続インターハイ準優勝を成し遂げたという。開校は1900年で旧制・青森第三中学だったそうだが1909年に青森高校となった。勉学の面でもスポーツや科学の面でも青森県をリードしている。青森市は青森湾に臨む交通の要地であり、三内丸山遺跡や青森ねぶたなどが有名。


青森西(あおもりにし)
県立青森西高校は1963年、青森高校の男女別学として女子校として開校するが、1996年に共学となり現在に至る。青森市内には4つの高校にボート部があり、青森高校漕艇部艇庫を実質共同艇庫として使用。いずれも市内を流れ青森湾に注ぐ堤川(および支流の桜川、荒川、駒込川)でトレーニングをしており、このうち桜川は「桜のトンネル」と呼ばれる桜並木が毎年春に市民の目を楽しませている。


青森中央(あおもりちゅうおう)
1904年創立の「青森市立青森女子実業補習学校」を前身とする、現在は県立高校。実質女子校の時期も長かったが、1976年に青森中央高校となり、1996年に普通科を開設し男女共学となった。ボート部は以前からインハイにも出場しており実力十分。


青森商業(あおもり・しょうぎょう)
1902年に開校した「私立青森商業補習夜学校」を前身とする。1948年、県立の青森商業高校となり現在に至る。
青森商業はボート同好会扱いのようだが、インハイ出場も果たしておりいずれ強くなることを願う。ちなみに、青森市内の堤川練習風景が写真で掲載されたブログを見つけたので参考にしてください。
ボート部練習の川


大湊(おおみなと)
青森湾から下北半島に移動し、こちら大湊高校はむつ市にある県立高校。下北半島の上部に位置し、まさに陸奥の国、本州最北端の市である。ちなみにむつ市は1960年に改称し日本で初めてのひらがなの市として知られる。大湊は明治時代の軍港で、現在も自衛隊駐屯地がある。1948年開校の県立大湊高校はその近くにあり、俳優の松山ケンイチさんなどが卒業生におり、日本ボート協会コーチに関わっているアトランタ、シドニー五輪日本代表LW2XのY田さんの出身校だ。


むつ工業
1964年に県立むつ工業高校として開校。ボートの強豪であり、むつ市はボート部3校あるがやはり地域としてボート熱が高く、むつ市で毎年開催される「まさかりレガッタ」は市民参加型ボートレースで第19回を数え500人規模の参加があるとのこと。
まさかりレガッタ
むつ地区ボート協会も50周年を迎えるとのことで記念大会となった。


田名部(たなぶ)
1917年創立の「田名部女子実業補習学校」を前身とし、1949年に県立田名部高校となり男女共学に。ボート部はやはり強豪で、1996年にはM4+でインハイ優勝を果たしている。
田名部高校のPVがあるのでご覧いただくと雰囲気が伝わるかと思います。
田名部高校ボート部PV 2013
田名部高校ボート部応援ビデオ2014




高校ブレード 岩手県
岩手県

盛岡第三(もりおかだいさん)
1963年、県立盛岡第三高校として開校。1967年ボート部創部で、昨年50周年を迎えている。県内では盛岡第一高校に続く進学校。練習場所は市の西端と隣の雫石町との境にある御所湖(ごしょこ)ボートコースだが電車で10km以上あるため、平日は自転車で約3kmほどの四十四田ダム(しじゅうしだダム、北上川本流)で練習しているようだ。2017年時点で1・2年の2学年14名で活動。2011年にはO堀選手が地元岩手の田瀬湖で行われたインターハイでW1X3位。見事地元に女子ボート初のメダルをもたらした。


盛岡大付属(もりおかだいふぞく)
1952年盛岡生活学園開校に端を発し、1992年に現在の盛岡大学付属高校と改称した盛岡市の私立高校。キリスト教精神に基づいた教育方針をもつ。高校野球では甲子園10回出場の常連校だが、ボート部の情報はあまり見られず。ちなみに盛岡市情報だが、岩手県の内陸に位置するため東北の県庁所在地の中では最も冷え込みが厳しいとされている。道路凍結なども市の課題のようで、冬季のボート練習は本当にたいへん!


雫石(しずくいし)
1948年、岩手県立盛岡第一高等学校・雫石分校(夜間定時制)として設立。1968年に県立雫石高校となる。雫石町は盛岡市の西に位置し秋田とも接する。この盛岡市の間に御所湖ボートコースがある。雫石町には日本最大の民間総合農場である小岩井農場があり、また温泉やスキー場なども多く観光地でもある。1993年にはアルペンスキー世界選手権が雫石で開催された。雫石ボート部は2015年インハイM2X準優勝を果たした。


黒沢尻工業(くろさわじり・こうぎょう)
1939年開校の県立黒沢尻工業高校。盛岡市の南およそ50km離れた北上市にある。2000mコースの素晴らしい環境があり、日本代表チームも定期的に強化合宿をしていることでも知られる田瀬湖ボートコースが花巻市(旧・東和町の場所)にある。北上市の黒沢尻工業は田瀬湖まで15kmほど離れているので、普段は市内を流れる北上川で練習していると思われるが、そうしたボート環境も要因になったか、近年めきめきと実力をつけている。その中で日本代表S藤K選手を輩出し、毎年インハイ出場を決め実績を重ねている。2016年インハイM4X+優勝は素晴らしかった。


宮古(みやこ)
1923年(大正12年)に開校した「宮古町立宮古実科高等女学校」を前身とし、1949年男女共学となり県立宮古高校となる。なお、沖縄県にも同じ名の県立宮古高校が存在するが、こちらは宮古島市。岩手県のほうは宮古市だ。宮古市は盛岡市と接するが東西に長く太平洋に面し本州最東端の三陸海岸、魹ヶ崎(とどがさき)がある。ボート部は海岸に近い閉伊川(へいがわ)河口で練習している。


山田(やまだ)
1926年山田町立実科高等女学校として開校し1946年岩手県立山田高校となる。山田町はやはり三陸海岸沖の町。ちなみに山田高校という高校は全国に愛知、大阪、高知、福岡など多く存在する。岩手の山田高校は現在ジュニア代表コーチも務めているK野先生のもと全国レベルの強豪として久しく知られている。日大、仙台大などをはじめ強豪私大への進学も多く、岩手の高校はみなレベルが高い。


西和賀(にしわが)
1948年、岩手県立黒沢尻第一高等学校川尻分校として開校。1972年に県立西和賀高校となる。西和賀町は雫石町の南、やはり隣りは秋田に隣接し県西部に位置する。三方を奥羽山脈に囲まれ盆地状になっている地形から豪雪地帯だとのこと。もちろん、日本には北海道、青森、秋田、山形、新潟、長野、富山など世界的な豪雪地帯のオンパレードだ。
西和賀NEWSという学校PR動画が定期的に更新されている。
【西和賀NEWS】高総体ボート2017




高校ブレード 宮城県
宮城県

石巻(いしのまき)
1923年、前身となる宮城県石巻中学校が開校し、1948年県立石巻高校となる。2006年まで男子校だったが、現在は男女共学。卒業生には作家の辺見庸さんや俳優の中村雅俊さんなどがおり、ボート部卒業生にはシドニー五輪LM4-代表だったS藤選手、日本代表で活躍し全日本M2X9回優勝を果たしたS田選手がいる。全国にはPV制作に熱心な高校もあり石巻もたいへん意欲的だ。PV作った方はワンオク好きですね(笑)
石巻高校2015PV
石巻高校2016PV
石巻高校2017PV
 

石巻工業(いしのまき・こうぎょう)
1963年県立石巻工業高校として開校。東日本大震災の際には、津波のため校舎1階部分まで水没し避難者約800人が孤立、2日後に机を桟橋にして学校から脱出したという。そんな中翌年の2012年全国選抜野球大会では21世紀枠として初の甲子園出場を果たす素晴らしい快挙。ボートチームでも東北の高校大学には、信じられない逆境とそれを乗り越えた逸話も多い。


石巻商業(いしのまき・しょうぎょう)
1911年、石巻町立商業補習学校として創立、1954年に県立石巻商業高校となる。2005年、それまでの男子校から男女共学へ。石巻高等学校とは姉妹校であり、6月に定期戦を開催。両校の応援団による応援合戦と共に、サッカー・ボート・硬式野球の3種目で対校戦を行っている。


東北(とうほく)
仙台市青葉区にある私立東北高校は各スポーツその他多くの強豪として知られる。野球では甲子園の名門で佐々木主浩選手、斉藤隆選手、ダルビッシュ有選手と3人のメジャーリーガーをはじめ多くのプロ選手を輩出。ゴルフでは宮里藍選手ほか、スケートでは荒川静香選手、羽生結弦選手など金メダリストを輩出。そんなスポーツエリート校の東北高校にもボート部がある。歴史は長いと思われるが、近年復活というところだろうか、部員を増やし強化中の情報を確認。東北高校がボートで全国大会の強豪になる日は近い。


佐沼(さぬま)
1902年宮城県立第二中学校登米分校として設立、佐沼中学を経て1948年県立佐沼高校となる。ボート部は強豪で、多くの選手が全国レベルで活躍。登米市に学校があり地元の広大な長沼ボートコースで日々トレーニングしている。昨年の全日本新人、今年のインターハイが開催され東京五輪会場の話題でも一躍有名になったコースだ。3年ほど前には3学年男女40名弱の部員数だったようで、現在もそれくらいの規模で活動しているだろう。
佐沼高校2017PV


塩釜(しおがま)
県立塩釜高校も、2010年まで男子校だったがこの年塩釜女子高と統合し共学となった。リオ五輪代表O元選手の出身校でありやはり宮城県はボートのレベルが高い。OBOG会のサイトや父母のネット交流などもあるようでサポート万全といったボート部だ。伊達政宗(貞山公)が最初に着工を命じたとされる日本最長の運河である貞山運河がすぐそばにあり練習場所だったが、震災でかなり使えなくなっていると聞くので現在はどうだろうか。




高校ブレード 秋田県
秋田県

秋田(あきた)
1873年当時秋田町に設けられた洋学校に始まり旧制・秋田中学を経て1948年県立秋田高校となる。ボートどころ本荘や自治体ぐるみでジュニア育成に励んでいる大潟村とまた違い秋田市内唯一の高校ボート部で市内の秋田運河で練習している。県立トップ校ということでボート部の卒業生も東北大や早稲田大などに進学しボートを続ける方が多い印象。ぜひ秋田市内にももっと高校ボート部が増えてほしいと願う。
秋田高校2017PV 


本荘(ほんじょう)
ダークブルーのブレード、本荘高校。秋田がライトブルー、本荘がダークブルーなんて、ケンブリッジとオックスフォードみたいですね。秋田市の南に接する県南の由利本荘市に所在、1902年旧制本荘中学として開校し1948年県立本荘高校となるがこの1902年開校当時から創部した歴史あるボート部(端艇部)、過去16度の全国制覇を成し遂げ、今年南東北インハイではW2Xが17度目となる優勝を果たした。運動部の中でも筆頭に位置付けられ校技と認められている。艇庫兼合宿所を単独で持っている練習水域である市内中央を流れる子吉川(こよしがわ)は秋田第3の一級河川で大きな流れだ。
本荘高校2017PV


由利(ゆり)
由利本荘市の県立高校。旧本荘市に存在しており、旧由利町域にある由利小学校や由利中学校とは隣接もしておらず関連がない。1920年本荘町立実科高等女学校として開校し、1948年県立由利高校に改称。それまで女子校だったが2007年男女共学化。ボート部は創部20年ほどと県内では最も新しいようだが、1998、1999年とインハイW2X2連覇など全国優勝も果たしている。やはり練習水域は市内の子吉川、共同の施設であるボートプラザ「アクアパル」で練習している。


由利工業(ゆり・こうぎょう)
由利本荘市の県立高校。1962年県立由利工業高校として開校。ボート部はやはり共同施設のアクアパルで活動。由利本荘市では子吉川レガッタという市民ボート大会が第38回を数えたいへん盛況。オフシーズンも活発で、市内のハーフマラソンに参加したり水泳部と一緒に水泳、エアロビやスキーなど多くの恒例の競技体験で雪深い冬季での体力強化に励んでいる。1999年、由利工業インハイM4+優勝が燦然と輝く。




高校ブレード 山形県
山形県

酒田東(さかたひがし)
1920年創立の旧制県立酒田中学校を前身とし、1952年県立酒田東高校となる。山形県のボート事情としては、酒田市内の三校を中心とする飽海(あくみ)地区と金山(かねやま)の最上地区にボートの拠点があり、酒田市では京田川(きょうでんがわ)に共同艇庫を構えトレーニングに励んでいる。山形県内のボート部員登録人数は2013年度には150名前後を数えるなどなかなかの人数だが、東北他県と比較すると強化策がこれからの課題とのこと。


酒田西(さかたにし)
1898年創立の酒田町立高等女学校を前身とし、1952年県立酒田西高校となる。1991年から男女共学がスタートし、2018年に創立120周年を迎える。ボート部は1992年インハイW1X優勝がある。


酒田光陵(さかた・こうりょう)
2012年開校。酒田市内の公立高等学校4校(酒田北・酒田商業・酒田工業・酒田中央)が統合されて新設された。校舎は酒田中央高校の校舎をそのまま使用し、新校舎も建設。
ボート部は山形県の中では最近最も勢いがあり、2015年時点では男女合計50名近くで活動。全国でも活躍しており、2017年愛媛国体少年女子1Xでは見事優勝。
酒田光陵高校 応援PV


新庄南高校金山校(しんじょうみなみこうこう・かねやまこう)
1948年最上郡金山町において山形県立金山高等学校として開校し、2001年金山中学校との中高一貫教育開始。2014年に新庄南高校の分校となる。




高校ブレード 福島県
福島県

会津(あいづ)
会津藩の藩校日新館を祖としており1798年会津若松城西隣に完成。戊辰戦争により消失するが、1890年開校した私立会津中学校を経て、1948年県立会津高校となる。福島県で最も歴史のある学校。ボート部は戦前から強豪で、全国優勝2回をはじめ実績多数。


喜多方(きたかた)
1918年福島県立喜多方中学校として創立、1948年福島県立喜多方高校となる。日本を代表するボート指導者にしてロス、ソウル、バルセロナと3度の五輪に出場し現在仙台大監督のA部選手の出身校。会津地域の多くの活動水域となる喜多方市高郷町の荻野漕艇場は、たいへん素晴らしいダム湖のボートコースで、たかさと交流レガッタなど地元のボート大会も行われるほか多くの大会を開催している。


喜多方東(きたかたひがし)
1928年福島県立喜多方高等女学校として開校、喜多方女子高校を経て、2000年県立喜多方東高校に名称変更、男女共学となる。2017年現在、ボート部員は男子4名女子6名ということなのでもう少し増えてほしいところですね!


喜多方桐桜(きたかた・とうおう)
喜多方市の県立高校。2010年に喜多方商業と喜多方工業が統合して出来た高校だが、1948~62年までは喜多方商工という1つの高校だったので、約50年ぶりに再統合を果たした形になった。ボート部員は5名ということでこちらも頑張ってほしい。


西会津(にしあいづ)
1964年県立西会津高校として、耶麻郡西会津町に開校。ボート部は近年毎年のように全国選抜やインハイに出るなどしっかりと活動している。


耶麻農業(やま・のうぎょう)
喜多方市の県立高校。1948年県立山都高等学校として創立、耶麻高校を経て1970年県立耶麻農業高校となる。


湖南(こなん)
郡山市の県立高校。1948年県立大槻高等学校の分校として設置され、その後県立安積高等学校の分校を経て、1963年県立湖南高校となった。湖南とは、猪苗代湖の南に位置する湖南町から(現・郡山市)。ボート部は2004年には選抜3位、国体2位の実績あり。


田村(たむら)
1923年開校の旧制県立田村中学校が前身、1948年福島県三春高等女学校と統合され、県立田村高校となった。1991年には福島県の公立高校では唯一の体育科が設置された。遠方から通う体育科生徒のための男子寮がある。数多くの部活動で優れた成績を残し、特に陸上の強豪校として知られている。ボート部の歩みは比較的新しく、2001年同好会としてスタート、2002年ボート部となる。代表候補合宿にも積極的に選手を参加させるなど強化も進めている。
田村高校の有望選手が福島テレビのニュースで紹介された動画です。
「きみこそ明日リート」


川口(かわぐち)
奥会津地域に所在する高校。大沼郡金山町の県立高校。山形県の金山町と同じく「かねやま」と読むが別の町であり、福島県金山町は西会津のさらに西に位置する。小規模である利点を生かし進学指導や就職指導に力を入れており、進学補習や公務員試験の補習、個別指導が盛んに行われている。進学では国立大学に毎年合格者を輩出したり、就職支援ではインターンシップを行う。遠距離通学の生徒には寄宿舎も使用でき色々手厚い支援がなされている。1948年福島県立川口高校として開校。




東北地域からは、世界にチャレンジできる国際的な選手が次々と出てきている。東北ボートの底力、育成力、これをますます磨きながらも、高校ボートをエンジョイし良い経験を重ねた高校3年間を送ってほしい。日本でボートの町として成功しているいくつかの地域と同様、地域一体となってボート熱を高め、同時にボート文化を成熟してほしい。そして願わくばその中から何人も大学や社会人やクラブでボートを続け、そうした経験や意識をまた自分を育ててくれた故郷に還元してほしい。
その可能性のある地域水域は、東北にたくさんある。








北海道、そして東北には多くのボート文化、強き高校が多くいきいきと活動していました。
次回は関東地域の高校ボート部を訪ね、さらに多くの若い力と地域ごとのボート文化を見てまいりましょう。第2回へと続きます。



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