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東欧Rowingを巡る旅もあとわずか、今回はいよいよ最終のロシア周辺国に到着します。
地図の上のほうに見えるスカンジナビア半島の北欧3国、それからバルト3国その他も見てみたいですが、紙面の都合と時間や体力の都合で、今回は東欧としてベラルーシ、ウクライナ、ロシア。そしてバルト3国の中でひとつだけピックアップし最近目立ってきている現在世界ジュニア選手権開催中のリトアニア、この4か国まで紹介したいと思います。




世界のライバル国紹介シリーズ 第5弾

東欧 地図③ ロシア周辺
Googleマップを使用し作成させていただきました


ロシア周辺の4国(ベラルーシ、ウクライナ、ロシア、リトアニア)
今回紹介する4か国は、旧ソビエト連邦(ソ連)の共和国です。
ベラルーシ、ウクライナ、リトアニアも含めこれまで見てきた東欧世界はロシアの影響が強く、それは20世紀の社会主義国家ソビエト連邦の支配下にあったことにほかなりません。
しかし、ソ連共産党の一党独裁制が60年以上続き硬直化した政府を立て直すため、1985年ソ連の共和党政権書記長に就任したゴルバチョフは自ら提唱したペレストロイカ(再構築)という政治改革運動を行っていきました。このペレストロイカによってソ連の政治を情報公開、民主的な方向へと改善していくと、こうした民主化の波はソ連や共産主義国家体制の東欧全域にも影響が及んでいきます。ちなみに、ペレストロイカは英語圏でリストラクチャリングと訳され、産業構造の改革や民間企業の組織再編の用語としても使われるようになりました。つまりリストラですね。日本だと「リストラされた」みたいに人員整理や退職勧告のような言葉になってしまっていますが、本来は全く違う意味です。

1988年、ソ連はこの流れにおいて衛星国として東側陣営においていた東欧諸国への内政不干渉を打ち出し、東ドイツ、ハンガリー、ポーランド、チェコスロバキアなど主要な衛星国が次々と民主化を達成します。1989年、ルーマニアにおいては独裁者チャウシェスクが死刑となり民主化、同年ベルリンの壁が崩壊(翌年東西ドイツ統一)、12月には地中海マルタ島でゴルバチョフ書記長とアメリカのジョージ・ブッシュ大統領が会談し(マルタ会談)、ここに第2次大戦以降に全世界を二分した冷たい戦争、冷戦が終結しました。

1990年3月、ソビエト連邦の中でも独立運動が起きます。いち早く独立を宣言したのはバルト3国と呼ばれた中のリトアニアでした。その後ソ連軍との衝突もありましたが1991年8月に正式にバルト3国が揃ってソ連から独立、同年12月のソ連崩壊に大きな影響を与えました。このソ連崩壊によって、ソ連の主要な共和国であったロシア、ウクライナ、ベラルーシが連邦を離脱、その後も政治的な紆余曲折を経ながらも現在に至ります。

民族対立、国家間パワーバランスと地政学、イデオロギー、宗教、言語、文化、経済、さまざまな歴史が光と影を作ってきたのは世界のどこにおいても同じですが、そうした過去を乗り越えて素晴らしい国、素晴らしいチームや組織を築きたいのは誰も同じ。幸せは仲間や家族とともに追い求め共有するもの。今日も明日へ向けて新しい理想を掲げて目標に邁進し、また現実主義の戦略的なサバイバルも同居しての地球ライフが続いていきます。
東欧といっても、北の大地のイメージが強いベラルーシ、ウクライナ、ロシア、リトアニアのRowingについて見てまいりましょう。

鉄道も陸続きで国ごとにつながっているロシア周辺の交通、今回もBGMは、「世界の車窓から」という感じで。
今日は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアを経てリトアニアのトラカイまで旅をします。
「世界の車窓から」 テーマBGM
ミンスクの電車 220px-Stadler_FLIRT_Minsk Wikipediaより
ポーランド、ロシア、ウクライナ、リトアニアなどを結ぶベラルーシの鉄道
Wikipediaより写真転載







ベラルーシ国旗
ベラルーシ

ベラルーシは西にポーランド、北にリトアニア、南にウクライナ、東にロシアという位置にあります。
ポーランドの首都ワルシャワから、ベラルーシの首都ミンスクまでは鉄道でだいたい600km、夜行列車などで半日で行けます。東京から岡山くらいの距離でしょうか。
人口約940万人、内陸国であり国土の大部分が低地という地形で最高点の丘陵でも海抜345mだそうです。面積は日本の本州くらい広いのに広大な平野が広がるという、日本では考えにくい地形ですね。しかし湿地と森林が多く、特に森林は国土の半分近い面積を占めるという森の国です。
ベラルーシ ベラヴェジの森(世界遺産) ベラルーシ共和国観光情報サイトより
古代原生林、世界遺産のベラヴェジの森(ベラルーシ西部、ポーランド国境近く)
ベラルーシ共和国観光情報サイトより画像転載


公用語はベラルーシ語ですが、7割近くがロシア語も使用しており、ロシア語が実際には多数派とのことです。8割の国民がベラルーシ人ですが、多民族共存でさほど民族意識も強くない土地柄とのこと。どうもロシアやウクライナと違ってのんびりした温和な国民性がありそうです。

ベラルーシは白ロシアのことです。ロシア語ではベロルシアと呼ばれ、ベラルーシ語での呼び名「ベラルーシ」を自国だけでなく各国使用するようになっています。13世紀~16世紀にロシアはモンゴルの支配を受けました。これをロシアでは「タタールのくびき」といい、家畜にくびきをはめるようにモンゴルに臣従したのですが、そのとき方角を色で表す中国の五行思想が入ってきたのですね。「ルーシ」は実はロシアのことではなく、キエフ大公国を祖国とする地域の別称です。南のウクライナ(ウクライナ西部)が赤ルーシ、北のロシア(モスクワ周辺)が黒ルーシ、西のベラルーシが白ルーシというわけです。白ルーシだけがその呼び名が残りました。中国には、青竜(東)、朱雀(南)、白虎(西)、玄武(北)とそれぞれの色を持ち四方の方角の守護を司る霊獣がいるという考え方があります。あっ、とH橋大の艇の名前を思い出した方はRowing通ですね。H橋大の対校艇はここから艇の命名がされていると思いますし、四神会とはこの方角を守護する四獣のことを指す四神から来ていると思われます。


首都はミンスク、国の中央に位置し人口190万人。人口減少が進むベラルーシで稀な人口増加都市です。ポロツク公国時代の資料にミンスク建都が1067年と記されており、あと50年で名実ともに千年都市となるわけですね。この人口増加の一因には、1986年ウクライナ北端にあるチェルノブイリ原発事故によるベラルーシ環境汚染の影響で、多くの人がこのミンスクに移り住んできた背景もあるようです。


さてベラルーシRowingについてです。この東欧シリーズでは各国Rowing連盟のホームページを見たりしているのですが、ポーランドやチェコは充実、そしてこのベラルーシもなかなかきちんとした作りになっていますね。HPやサイトがしっかりしていると、調べごとがしやすいのです!
首都ミンスクがやはりRowingの中心、市の北西部にザスラーウェという貯水池があり2006年国際レガッタコースを新設しました。2150mコースで、昨年はU23カヌー世界選手権も行われました。

ベラルーシの有名選手はこの人をおいて他にいません。前回もブルガリアのネイコヴァ選手のライバルとしてふれた、エカテリーナ・カルステン選手です。
昨年も45歳にしてリオ五輪に出漕したベラルーシのレジェンド選手として紹介しましたね。
カルステンは1972年生、185cm82kgの大柄な漕手。エカテリーナという名前から、私はベラルーシの女帝と名付けたいと思います。実際、World Rowingでも「Queen of the single」などと紹介しており、真のRowingレジェンドだと言っています。このへんのセンスは皆似たり寄ったりですね(笑)。
アトランタ五輪W1X金、シドニー五輪W1X金の2連覇。バルセロナ五輪W4X銅、アテネW1X銀、北京W1X銅と、5大会連続五輪メダル獲得で手にしたメダルは5個。世界選手権では優勝6回を含むメダル16個とまさにRowingの女帝なのです。
カルステン World Rowingより
エカテリーナ・カルステン World Rowingより写真転載

エカテリーナは旧姓ホドトビッチ、首都ミンスクから80kmほど離れたオセチェンソという農村の出身で7人兄弟の末っ子でしたが、他の子と同様、特にスポーツに興味もなく暮らしていました。しかし15歳の時に通っていた学校は、ミンスクのローイングスクールから背の高い健康な女の子をスカウトする手紙を受け取っていました。そのときエカテリーナは183cmの恵まれた身長でしたので、タレント発掘として抜擢を受けたのです。
その才能はめざましく、2年でベラルーシジュニア選手権を優勝、そして18歳で全ソビエト選手権と世界ジュニアW1Xで優勝。ソ連の新星として期待されますが、この年のソ連崩壊を受け、バルセロナ五輪にはバルト3国を除く旧ソ連の統一チームEUNとして参加、20歳にしてW4Xの3番として銅メダルに貢献します。

その後は独立したベラルーシの代表として活動していきますが、ベラルーシ国内でのカルステンの才能はずば抜けていたため、必然的にW1Xで主戦ということになりました。しかし世界大会ではなかなか勝てず世界選手権などでは5位や7位などが続きます。迎えたアトランタ五輪、カナダのローマン、デンマークのハンセンらを抑え、2位に3秒差という素晴らしいリードをとって、新しい祖国に初めての金メダルをもたらすのです。ベラルーシ初のオリンピックヒロインです。

このシーズンの躍進に、特にネット等で確かな記述がなく調べが付きませんでしたが、私の憶測ではありますがアトランタでのコーチの存在があると思います。
カルステンを指導したベラルーシのRowingコーチのひとり、ヴァレリー・ハイドゥクというコーチがいます。この方はHR(ハートレート)管理に基づいた有酸素トレーニングを徹底する方で、レースの日でも早朝にUT長距離をさせるような方針をとっており、シーズン途中のレース結果は気にしないで本番でのベストパフォーマンスだけを照準にする、いくつかの国でも見られるコーチングスタイルをとります。技術に関しては非常に丁寧な指導、ウェイトの一挙手一投足まで明確な動作やイメージどおりのモーションを選手とともに追求します。このハイドゥクコーチがアトランタ五輪でカルステンを指導していました。
なぜ私がこんなにベラルーシのハイドゥクコーチを知っているかというと、実は2005~2006年シーズンにバレリーコーチとして来日しT北大のヘッドコーチに就任した経緯があるためです。結果は、優勝したC大に4秒差でいきなりインカレM8+準優勝、M4+6位、M2-7位、M4-8位。そしてさらに翌年は2006インカレM8+準優勝、M4-3位、M2-4位。特にM8+は優勝のN大に半艇身と迫りましたが、ほぼ全員未経験のT北大をわずか2シーズンの間で2年連続対校M8+インカレ2位に導いた手腕は本物でした。当時大学ボート界では知る人ぞ知る話題であり、その後いくつかの大学で外国人コーチブームが起きたほどです。

外国人コーチといっても色々な人がいるわけですが、海外の実績あるコーチは概してトレーニング理論や技術方針が明確で基本に忠実、徹底して方針を貫くといった傾向があり、それでこそクルーや代表チームにひとつの漕ぎ、ひとつの哲学、ひとつのスピリットを一貫させることができ、「強いクルーはユニフォーミティ(統一性)がある」と言わしめるのです。これは選手自らの個性ではなく、コーチの強いリーダーシップと選手の自立した共有力によるものだと断言します。そして鍵となるのはいつも信頼感です。バラバラではいくら個人が強くてもやはりクルーやチームはまとまりません。

カルステンは何度かコーチを替えているようですが、アトランタ後はこのバレリーコーチの指導の成果か、1997世界選手権W1X初優勝しまさに女帝として連勝を続けるようになります。1998年、ドイツ人のウィルフリード・カルステン氏と結婚し名字もホドトビッチからカルステンとなり娘さんを出産しましたが、何と1999年カムバックして世界選手権をまた優勝します。
シドニー五輪、この伝説のブルガリアのネイコヴァとドイツのルチョウとのライバル三つ巴レース、最後はカルステンがスパートで追い込みネイコヴァとの写真判定に及ぶ死闘、0.01秒差で五輪2連覇を果たしたのです。
カルステン、シドニーW1X金 katherinegraingerより転載
http://katherinegrainger.comより写真転載
シドニーでの3強決戦、ともに激闘を称え合うW1Xの3人 ネイコヴァ(左)、カルステン(中央)、ルチョウ(右)。その後、アテネでルチョウが金、北京でネイコヴァが金を獲り、3者それぞれが栄光を分け合う

そしてその後もこの3強同士で鎬を削り、アテネW1X銀、北京W1X銅と、カルステンは常にトップ争いを続けます。
金を獲ったライバルは次々と引退していきますが、カルステンは今もなお現役です。Rowingを続けているのです。
夫の出身地ドイツのポツダムに移り住みながら、ベラルーシ代表としてロンドン五輪は5位、リオでは決勝ならず8位。
45歳になった今シーズンもヨーロッパ選手権で準優勝するなど元気いっぱい、2015年などはワールドカップ優勝していますしね。パフォーマンスの絶頂期と最高の栄光の後に引退するのもアスリート、いつまでも好きなスポーツとともに戦いの日々とRowingのスピード追求の日々に身を置くのもアスリート。
エカテリーナ・カルステンはベラルーシRowingの伝説でもあり誇りでもあるのです。



それから、ベラルーシはクルーボートも出していますよ。やはり時々はFinal Aに進んで活躍することがあります。
つい先日のU23世界選手権ではベラルーシW2Xが優勝しました。
ベラルーシBW2X優勝、2017年U23 ベラルーシRowingより
2017年U23世界選手権BW2X優勝に喜び抱き合うクルー Sスタラセレツ、Bクリモビッチ
ベラルーシRowingより写真転載



スカル陣に続き、スイープ陣もぜひ活躍してほしいですね!
ベラルーシW4- 2017年U23世界選手権 ベラルーシRowing
U23世界選手権BW4-  ベラルーシRowingより写真転載

ベラルーシM8+ ベラルーシRowingより
勇ましいM8+   ベラルーシRowingより写真転載
ベラルーシ男子も頑張ってほしいですね!







ウクライナ国旗
ウクライナ


続いて、ウクライナをご紹介します。
ベラルーシの首都ミンスクからウクライナの首都キエフまで、やはり600kmほどで鉄道や車で行けます。
ウクライナは北にベラルーシ、東にロシア、西にポーランドやハンガリー、ルーマニアやモルドバがあり、南には黒海を臨みその向こうにトルコ、という位置にあります。面積はけっこう広くて、60万㎢、これはヨーロッパではロシアに次いで2番目(カザフスタンとトルコを除く。この2国はアジア扱いだがヨーロッパに入れる場合も多い)で、日本が島を全部足して37万㎢ですから1.5倍というか2倍近い広さといってしまってもいいでしょう。

ウクライナの国旗は、東欧やスラヴ諸国の中で色合いが少し違っていてひときわ異彩を放ちますよね。
青色と金色だそうで、この青色は空をあらわし、金色は豊かに実る小麦をあらわすといわれています。他にも説があり水と火だとか。いずれにしても、この2つの色が長い間ウクライナのシンボルカラーとされてきました。(実はカザフスタンも同じ2色ですが)
16世紀以来「ヨーロッパの穀倉」地帯として知られ、地形的には肥沃な平原と、草原や高原があり、ベラルーシから流れるドニエプル川が国の真ん中を通り、首都キエフもこの大きな川の中流に位置します。ウクライナではドニプロ川と呼び、ウクライナRowingが古くからこの川で発展してきました。
ウクライナの平野 Wikipediaより
ウクライナの平野 Wikipediaより
チェルノーゼムと呼ばれる肥沃な黒土地帯が、ウクライナ南部からロシア、カザフスタンまで広がる。
ウクライナは世界的な小麦の産地。国旗そのままのような見渡す限りの青空と、黄金色の小麦畑というコントラストですね。
ちなみにプレーリーは北米、パンパは南米。世界三大肥沃土です。

ウクライナは農業だけでなく鉄鋼業を中心とした重化学工業も発展しています。
人口4500万人、首都キエフ、公用語はウクライナ語。かなり大きな国と人口であり、ロシア以外には東欧で最大級であり国力も相当なものだという印象です。しかし現在は経済的にかなりピンチで、ソ連時代は良かったのですが天然資源は豊富なもののエネルギー供給をロシアに依存していたり構造改革が進まず政策の遅れや失敗等もあって、今やヨーロッパ最貧国なのだそうです。2014年クリミア危機もあったりしてロシアにクリミア半島を占領され、ロシアとの関係は悪化の一途を辿っています。経済が揺らぐところに争いの火種は起きますし、国際関係が悪化すればなおさらです。今後ウクライナ情勢は予断を許さない状況が続くでしょう。

歴史的にはウクライナはコサックの国であります。このコサックは「コサックダンス」のイメージがついてきまして腕組みをして腰を低くし足を上げて躍るあのダンスのステレオタイプが日本で定着していますが、実際には色んな踊りがあるそうです。コサックというのは軍事共同体であり、没落貴族や遊牧民などの集団が武力化した集団が元のようで、ウクライナでは自治共同体を築いたり外国の支配勢力に対ししばしば反乱を起こした歴史から、コサックを英雄としてみなしています。


経済や軍事や政治の話題ばかりだとシリアスすぎるので、今回の鉄道の旅におけるウクライナの観光情報を。
キエフ・ペチェールシク大修道院は1000年近い歴史を持つウクライナ正教会の寺院で世界文化遺産です。これ以外にも文化遺産や自然遺産があります。
キエフ・ペチェールシク大修道院 kiev assistより
キエフ・ペチェールシク大修道院 kiev assistより写真転載

また、キエフより西に350kmほどのクレーヴェンとオルツィヴいう小さい街を結ぶウクライナ鉄道には、5kmほど森に囲まれた区間があり、「恋のトンネル」と呼ばれる幻想的なトンネルを列車で通ることができます。
まるでとなりのトトロでも出てきそうだと、日本でも密かに話題になっているらしいですね。
恋のトンネル ウクライナ ユーラシア旅行社サイトより
恋のトンネル ユーラシア旅行社サイトより写真転載


さて、首都キエフは人口約280万人、起源は5世紀に作られた集落だったということで、東欧最古の都市といってもいい歴史のある都市です。先ほど見た世界遺産の大聖堂や修道院もあり、キリスト教の聖地の一つでもあるということですね。
そして前述したようにドニエプル川(ドニプロ川)が流れ、Rowing文化も成り立っています。


ウクライナRowingは実力があります。伝統的に男女とも4X種目が日本的に言うなら対校、ファーストクルーですね。
ベラルーシと同じく、新国家としてはじめての五輪がアトランタでしたが、いきなりW4X銀となります。本命ドイツには3秒及びませんでしたが、激しい銀メダル争いを制してカナダ、デンマークに先着しました。シドニーW4Xではやはり金はドイツ、そしてイギリスとライバルロシアに敗れ4位。
アテネでは男子が活躍し、M4Xが銅。ちなみにこのアテネM4X、優勝ロシア、2位チェコ、3位ウクライナ、4位ポーランド、5位ドイツ、6位ベラルーシ。まさに東欧のチャンピオン決定戦でもありましたね。

北京ではW4X4位となり、あと一歩といったところのウクライナ女子クォド。
しかし迎えたロンドン五輪、北京からはメンバー総入れ替えでしたがスタートから強豪ドイツやアメリカに1艇身リードをとると、そのまま緊迫した展開を制してドイツと1艇身リードを保って見事初めての五輪金メダルに輝いたのです。ウクライナの誇る対校W4Xは、Sデメンティエヴァ、3コジェンコヴァ、2ドヴゴッコ、Bタラセンコの4人です。
スタートから300m過ぎても攻め続け積極果敢なスタートスパート、500mで1艇身リードをとることに成功し、1000mではティーレやベーアの乗る強豪ドイツ以下に早くも水をあけます。後半も美しく力強い漕ぎで押し切り、ラストはやはり急追してきた実力者ドイツを逆カンバス差におさえて、ウクライナRowing初の五輪金メダルに輝きました。
ウクライナW4X ロンドン五輪金メダル World Rowingより
ロンドン五輪で初の金、ウクライナW4X World Rowingより

ロンドン五輪ではM2X、W2X、M4X、W4X、M8+とかなり多くの選手と種目を出していましたが、やはり4Xメインの編成ですね。
以前にもふれましたが、このロンドン五輪金のW4Xメンバーはほぼここで引退してしまい、4年後は唯一残った3番コジェンコヴァと、エルゴ女王のオレナ・ブリャークを2番に乗せた新生W4Xでリオ五輪を狙いますがまたもメダル届かずリオは4位。しかし、このタレントを乗せたウクライナW4Xは東京で再びウクライナカラー、黄金色のメダルを獲りに来るでしょう。リオ金のドイツと一騎討ちになるか、それとも新たなライバルが出現するか。

ウクライナ olena buryak zimbioより
Zimbioより写真転載
2017年、自身の持つエルゴ世界記録を6'22"8とさらに更新した異次元のスコアを持つオレナ・ブリャーク(右から2番目)は193cm82kg、29歳の年齢だがまだまだ進化し続けている。所属クラブはスパルタク・キエフ。写真は2009年U23世界選手権BW4X優勝時

男子においても、2014世界選手権ではM4Xが5'32という世界ベストをマークして優勝しました。2番には、ロンドン五輪で金を獲ったナタリヤ・ドヴゴッコの弟、イヴァン・ドヴゴッコが乗っていました。彼はストロークとしてリオ五輪に挑みましたがウクライナM4Xの結果は6位でした。

各国には得意種目というものがあって、ウクライナでいえばやはりそれが4Xなのでしょう。
思えば、私も2005年岐阜世界選手権では現地に観戦しに行ったのですが、背の高い女子クォドがいるなと思ったらウクライナW4Xだったような記憶があります。そのときのストロークが、調べてみたらロンドン五輪金のストローク、デメンティエヴァ選手でした。
ポーランドやエストニア、リトアニアなど東欧の強豪がひしめき、さらにはドイツ、オランダ、アメリカ、イギリス、オーストラリア、中国など4X種目も激戦です。
ドニプロ川を中心に鍛え上げられた、コサックのように勇敢で誇り高きウクライナの長身選手たち。悠久の大河を今日も艇が疾走し、明日の栄光を夢見て未知のパワーとスピードを磨き続けます。







ロシア国旗
ロシア

ロシアです。
キエフからロシアの首都モスクワまで800km以上ありますね。東京からだと広島よりさらに遠い感じですね。しかしこちらも夜行の寝台列車などで行けるようです。

ロシアは超大国です。これまでの東欧各国とは規模が違い、かつて世界を二分するようなソビエト連邦を築き上げたロシア共和国は、指導的な構成国として政治経済さまざまな分野でリードしています。
国の正式名称は、キリル文字ではРоссийская Федерация。Rossíjskaja Federácija、ラスィーイスカヤ・フィヂラーツィヤ、つまりロシア連邦です。通称「Россия(ラスィーヤ)」、日本語表記でロシアですね。もともとルーシと呼んでいたのですが、ロシアという呼び方はギリシャ語風の発音だそうです。

ロシアが現在の国土である東欧から東へと、中央アジアやユーラシアの極東、アラスカに至るまで版図を広げていったのは17世紀から19世紀にかけてのロシア帝国時代です。ピョートル大帝、エカチェリーナ2世、アレクサンドル1世など多くの皇帝がロシアを強大化させていきました。
1917年のロシア革命で帝政が倒された際の内戦や政治的混乱をまとめたのは、優れた演説家にして思想家でもある革命家レーニンであり、人類初の社会主義国家ソビエト連邦を建国します。1922年、共産党一党独裁のソ連の誕生です。社会主義の理想を追求し実現を図るいっぽうで、現実としては強大な軍事力と世界覇権をもくろむ超大国として巨大化し、第二次大戦を経て戦後はアメリカと世界を二分する世界権力をめぐる争いを続けていくわけなのです。
覇権争いの中で、領土に関する問題は絶えませんし、経済利権をめぐる問題、そして外交、戦略、諜報活動などソ連の表と裏の動きはさまざまですが、そういうのが好きな方はゴルゴ13などをどうぞ(笑)。ソ連のKGB、アメリカのCIAであります。
1990年に改革派のエリツィンがロシア共和国と改称して主権宣言をし、ロシア大統領に就任、1991年12月25日、ソ連大統領となっていたゴルバチョフが辞任するとソ連が崩壊し、ロシア連邦として新たに歩みを始めたのです。
クレムリン宮殿 Kremlin_from_Bolshoy_kamenny_bridge Wikipediaより
ロシア政治の中枢、大統領官邸などがあるクレムリン宮殿
Wikipediaより写真転載



ロシアは人口1億4680万人。首都モスクワが1000万都市ですが、100万人を超える都市が12もあります。世界最大の面積を持つロシアは、日本の約45倍、南米大陸ほどの国土を持ちます。政治文化や国家機能の中心は東欧に位置するモスクワですが、とにかく広い国土にはヨーロッパ部にあるドン川、ヴォルガ川、そしてアジア部のオビ川、アムール川。カスピ海やバイカル湖など、そして人造ダムなども含め水資源も豊富にあります。

公用語はロシア語です。トルストイやドストエフスキーなどを代表とするロシア文学や、音楽ではチャイコフスキーやオペラやバレエなど世界を代表するような素晴らしい文化を持っていますが、とりあえずスポーツにおける存在感だけでも、アメリカに匹敵するやはりスポーツ超大国でしょう。来年2018年はサッカーW杯がロシアで開催される予定です。

ちなみにロシアW杯では11の都市、12会場で開催されるのですが、その中の開催都市、カリーニングラードがあります。カリーニングラードはリトアニアとポーランドの間にありバルト海に面した都市なのですが、ここはロシアから離れていて、ロシアの飛び地なのです。元々はプロイセン公国の首都でありドイツ語ではケーニヒスベルク、王都という意味です。第二次大戦のときにソ連が占領して以来ドイツとの話し合いでもソ連領となっており、バルト海の重要な不凍港としてバルト艦隊の拠点となり造船業も発達しました。哲学者のカントもここの出身であり生涯この地で哲学研究をしていました。ロシアの領土問題はさまざまですが、こうした飛び地もあるのですね。



さて、ロシアRowingです。
ソ連時代はやはり強くて、ソ連として出場していた1988ソウル五輪までに合計12個の五輪金メダルがあります。
これは世界歴代6位。ちなみに、1位が並んでいてアメリカと東ドイツの金33個。3位がイギリスの金31個。4位がドイツで金23個(統一後なのでこれはすごい!)5位ルーマニアで金19個。6位ソ連が金12個。7位オーストラリアとNZの金11個。9位イタリア10個。10位カナダの金9個。いずれもボート強国、ボート大国ですね。以下、フランス(金8個)、オランダ(金7個)、スイス(金7個)、デンマーク(金7個)と続きます。

ソ連はM1Xに強い時期があり、1952~1964年までM1X4連覇しました。中でも、1956~1964のメルボルン、ローマ、東京とM1X3連覇したヴィヤチェスラフ・イワノフ選手。特に1964東京五輪では逆風の中戸田コースで2番手に2艇身差で優勝したイワノフ選手のことを憶えていらっしゃる往年のボートマンの方は多いのではないでしょうか。イワノフ選手は188cm85kg、1962年ルツェルンで行われた第1回世界選手権M1X優勝者でもあり、あのサッカーの本田圭佑選手が在籍したことでも知られるCSKAモスクワに在籍していたようですね。
色々逸話があって、メルボルンで獲った最初の五輪金メダル、イワノフは授賞式で興奮のあまり金メダルをコースに落っことしてしまったそうで、飛び込んで必死に探したが見つからずIOCは後で代わりのメダルを渡したそうです(笑)。また、キャリアの最初はボクシング選手であり、Rowingと両方やっていたそうです。そして、M1Xでは世界で最初に7分の壁を切った選手として知られています。M1X五輪3連覇を成し遂げたのは、このソ連のイワノフ選手と、フィンランドのペルッティ・カルピネン選手(1976~1984)の2人だけです。
ソ連イワノフ Vyacheslav_N_Ivanov_1964b Wikipedia
名スカラー、イワノフ選手 Wikipediaより

こんなエピソードがあると、社会体制の違いなど色々あっても、たいへん人間味があって面白い人がたくさんいるなというのが分かりますよね。
また、それ以外にもソ連は多くの金メダルを獲得してきましたが、1992年はEUとして統一チームとして参加、実質的にロシアRowingとしては1996年アトランタからがスタートといえるでしょう。


アトランタ五輪でロシアはM8+銅に入りますが、このときは強い逆風で優勝候補ドイツを破ったオランダと銀のドイツを差すことはできませんでした。
しかし、その後はいまいちぱっとしません。ロシアは1999年世界選手権などときおりM8+やW4Xなど3位に入っていますが、けっこう大艇主義なんでしょうかね、あまり小艇での活躍を見かけません。M8+が前年ほど走らずシドニーではM8+最下位9位の惨敗。W4Xは優勝のドイツにあと2秒の銅でしたので、もう一歩でした。

その後、M8+は世界選手権でFinal Aにも行けず迷走を続け、安定して実績を出していたのは世界選手権で2位や3位に入っていたW2Xと、メダルレベルではないがようやくFinal A常連になってきたM4Xくらいでした。やはりエイトは厳しいのか。そして迎えたアテネ五輪では、ロシアは女子トップクルーに据えたW4Xは惜しくも4位でメダルを逃しますが、地道にトレーニングを続けてきたM4Xがついに金メダルに輝く快挙を成し遂げたのです。
ロシアRowing初の五輪金メダル!M4Xの、これが東欧ナンバーワン決戦です。
アテネ五輪M4X決勝

ロシアは横綱相撲というよりは、やはり流れの中で千載一遇のチャンスを掴んでものにした会心のレースという感じですね。となり合うポーランドの前に出ようと攻め、先行するチェコの勢いが落ちたところを第3でとらえラストは信じられないスパートでぐんぐん力が湧いてきてミラクルローイングを表現したと。こういう100%以上の力を出せる展開が、勝つパターンでもあると思います。
アテネ五輪金のロシアM4X(Sスピネフ、3スビリン、2クラフツォフ、Bフェドロフツェフ)は、その後また勝ち切れないクルーになってしまいますが、この一瞬、アテネでの輝きは確かにロシア初の栄光をもたらしたのです。


その後のロシアRowingですが、北京、ロンドンとメダルなし。ロンドン後、ロシアは五輪制覇への夢をかけたのか、世界的な名コーチであるマイク・スプラクレンを代表コーチに招聘します。スプラクレンは、このブログでも何度もお伝えしているように世界一のコーチでありレッドグレーブや多くのオリンピアンを育て母国イギリスと招聘されたカナダに五輪メダル12個をもたらし、カナダM8+に至っては二度の金メダルに導いたRowingの巨匠です。

リオまでの3年間、必死にロシアRowingを再建しようとしてきたスプラクレンでしたが、リオ五輪に6種目出漕する予定だったロシアチームとスプラクレンコーチに衝撃が走りました。例のドーピング騒動です。ロシアは国家主導のドーピング違反としてボート競技22名だけでなく他競技含めた271名もの選手たちが出場停止処分を受けました。ロシアRowingで出漕できたのはM4-だけです。
スプラクレンは、リオで金メダルをめざしまた薬物に頼らないクリーンなチームを作り上げてきた自負があっただけに信じられないとしており、五輪10日前に世界的名コーチが積み上げてきた3年間の仕事をすべて台無しにされたことになります。


ロシアRowing、そしてロシアスポーツ界全体が抱える問題。その栄光の数々に曇りや影があるとしたら。Rowingでもアテネ五輪のM4X突然のブレイクが薬物によるものだと少しでも疑惑をかけられたら、Rowing界全体にとっても残念ですっきりしない気持になります。
強いロシア復活、そして大艇で世界を馳せるロシアRowingへの道のりには、まだまだ困難が続きそうです。







リトアニア国旗
リトアニア

はるばるロシア周辺国の鉄道を旅してきてさまざまな国を訪ねて回ってきた東欧Rowingの旅、いよいよ最終地点、リトアニアに到着です。これで10か国を旅してきたことになります。
現在、世界ジュニア選手権が行われているリトアニアを最後に紹介いたしましょう。

バルト三国のひとつとして知られるリトアニア。
ポーランド、ベラルーシからのアクセスはたいへんよく、ベラルーシの首都ミンスクからリトアニアの首都ビリニュスまでは直線距離でわずか170km。電車で行くには、東京から浜松よりずっと近いくらいの感じでしょうかね。世界ジュニアが行われているトラカイも首都ビリニュスから30km弱とすぐ近くです。

国の正式名称は、Lietuvos Respublika(リエトゥヴォス・レスプブリカ)、通称リエトゥヴァ。日本語表記では、リトアニア共和国となります。公用語はリトアニア語。人口325万人、面積6万5000㎢でWikipediaによると九州、四国に山口県と島根県を足したくらいだということです。
先述のとおり、バルト三国はソ連を構成する共和国でしたが、リトアニアは1990年に一足早く独立をしており翌年名実ともに独立を勝ちとっています。リトアニア第2の都市カウナスでは、第2次大戦初期にヒトラーが迫害した多くのユダヤ人難民を助けた「命のビザ」で知られる日本の外交官・杉原千畝が駐留していたことでも知られています。


さて、リトアニアはスポーツとしてはバスケットボールがさかんで、世界屈指の実力国だそうです。ソ連時代にソウル五輪で金、また独立間もない1992年バルセロナではリトアニアとして3位銅メダル!ドリームチームのアメリカが断トツだったのですが、リトアニアの銅は、これはすごいですね。アトランタ、シドニーでも銅で、3大会連続銅ですから、この当時世界のトップ3だったのです。

そのリトアニア、Rowingでも存在感を増している昨今です。バルト三国、情報が少ないためか小国のイメージがつきまとうのですが、ボートを知っている人なら「リトアニア、エストニア、このあたりはけっこう強い」ということはご存じなのではないでしょうか!?
ボートを通じて国や地域や人を知る、世界が広がりいろんな人と出会うことができる、それがまたボートのいいところなんですよね。

リトアニアRowingはこれまでに銀1、銅2という五輪成績があります。
シドニー五輪でW2X銅、そして近年再び実力を上げてきてリオ五輪でM2X銀(Sリッター、Bグリシュコニス)、W2X銅(Sヴァルチウカイテ、Bヴィシュタルタイテ)です。ダブルを軸に、セコを4X種目にするなどして素晴らしいスカラーを近年輩出しているリトアニア、スカル種目に力を入れています。
この2つは印象的なので詳しく見てみましょう。まずリオ五輪M2X、無敵かと思われたクロアチアのシンコビッチ兄弟にぴったりついてマッチレースを挑み一時はリトアニアがクロアチアを食うか?というくらい白熱した名勝負でしたね。シンコビッチ兄弟を苦しめた第3からの攻防、私はリトアニアを応援していましたよ。リオ五輪、ベストレースのひとつでした。
ストロークのたいへん大柄なサウリウス・リッター(28歳、202cm105kg)と百戦錬磨のスカラーであるバウのミンダウガス・グリシュコニス(31歳、189cm91kg)のコンビ、ともに素晴らしい実力のダブルです。
リオ五輪M2X決勝

また、W2Xのほうは、ストロークのミルダ・ヴァルチウカイテ(22歳、175cm62kg)とドナータ・ヴィシュタルタイテ(27歳、171cm65kg)のコンビです。2015年、日本が金2銅1の戦績をおさめたあのユニバーシアード大会でW2X優勝している2人です。
この2人などは2m超えのリッターがいるM2Xと比べるとオープンにおいて身長体重ともに決して大柄なほうではないと思うのですが、堂々世界の3位に入りました。
リトアニアW2X 2015ユニバーシアード World Rowingより
リトアニアW2X、ヴィシュタルタイテ(左)とヴァルチウカイテ(右)
World Rowingより画像転載


以前にもリトアニアRowingについて少し記事にしていましたね。
「ボートコーチやボート選手におすすめの情報 その2」
リオ五輪でクロアチアのシンコビッチ兄弟を倒すかもしれないと予言しております!あとから書き直してはいませんよ(笑)
それだけ、トレーニング風景やリトアニアの実力が素晴らしいということです。何でも、M2Xグリシュコニスの両親や、W2Xヴァルチウカイテの父親はRowing選手だそうです。グリシュコニスの夢はいま経営している運送会社のビジネスを軌道に乗せつつ、若い才能が育っているリトアニアのRowingコーチをすることだそうです。さらにヴァルチウカイテはそのRowing選手だった父親にコーチしてもらっているそうです。ヴァルチウカイテはカウナスRCに所属しており、大学で数学の研究をしながらロンドン五輪W2Xのビデオを観まくってイメージを養っていたそうですよ。

親世代から続くRowingの夢、そして将来への展望や次世代への思い。こんなところがリトアニアRowingの強さになっている秘密なのかもしれませんね。
リトアニアRowingリオM2X銀、W2X銅 skaidre5-1-880x300_c
リトアニアRowingサイトより写真転載
リトアニアのリオ五輪メダリストたち、男女2Xクルー。左からリッター、ヴァルチウカイテ、ヴィシュタルタイテ、グリシュコニス。




現在世界ジュニアが行われているリトアニアのトラカイは、人口5000人の小さい街ですがWikipediaにも載っていました。
こんな小さな街でも世界大会が開催できるのはすごいですよね。トラカイ近郊には大小200もの湖があり、周辺はトラカイ歴史国立公園だそうです。トラカイは水上に建てられた町であり、周辺で最大のガルヴェ湖にボートコースがあります。
トラカイ島城を臨むコース World Rowing LiveBlogより写真転載
World Rowing Liveblogより写真転載
ガルヴェ湖に浮かぶトラカイ島城をバックにレースに向けた調整をする世界のジュニアクルーたち

こんな趣のある歴史空間でジュニア世界一を決めるレースが行われるんですね。
歴史と将来への夢をつなぎ、明日への希望を育むRowing。

数々の美しい風景、華麗な舞踏や音楽、多くの建造物や人の功績とともに、東欧には確かなRowingの素晴らしさがありました。
リトアニアのトラカイまで到着した東欧の旅はここでひとまず終わりますが、Rowingの旅路は果てしなく続いていきます。





世界では世界ジュニアが、日本ではインターハイが、今まさに行われています。インカレも、世界選手権も、全日本も。シーズンは加速していきます。

空間と時間を旅するRowing紀行、あなたもまたお気に入りの国や地域を訪れて、Rowingの共通言語を交わして人や文化にふれてみてください。
そこにはきっと、時間を積み重ねたRowingの歴史の痕跡と、そして多くの素敵な出会いが待っていることと思います。

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