大詰めに入ってまいりました。今回はいよいよレースと戦術について考察していきます。
私は、ボート競技の試合を必ず「レース」と呼びます。多くのボート関係者の方々もそうだと思いますが、「試合」ではボート競技には少し違和感があってしっくりこないので、できる限りレースと呼んでいます。いくつものクルーが一斉にスタートし、一番最初にゴールしたクルーが勝ち、というたいへんシンプルな競争がレースです。COXは、この「レースの勝敗」において、決定的な役割を果たすことができます。接戦になるほどCOXの存在感が増すわけですが、レースというものをしっかりととらえ直し、クルーを勝利に導くための方法を考えていきたいと思います。



1.レースの魅力
COXも漕手も、Rowingに関わる人たちすべてが最も楽しいと感じられ、選手が生き生きと輝き、ハラハラとスリリングでエキサイティングな戦いであり、Rowingの魅力の多くが詰まっているレース。クルーやチームの目標、練習の目的などが、このレース結果にほとんどすべて設定されるほどレースは重要なものです。そこではこれまで培ってきた心技体のすべてが試されますし、ライバルとの激しい競い合いの中でブレイクスルーを繰り返す。いうなれば、そこは未知の自分や仲間やライバルと遭遇できる異質な時空間なのではないでしょうか。

思えば私も、レースに魅せられてきた中の1人です。COXというポジションである以上、戦術や駆け引きを身につけていかなければなりませんでしたし、コーチをやってからは少数規模のチーム、戦力や体力、体格に劣るクルーがレースでいかに勝てるかを考え続けてきました。人と資金と物を集めていかに資源と戦力を増強するかが、戦略的な強化であり本来はそこを目指すべきですが、限られた資源においては与えられた条件でいかに勝利をめざすのか。少ない戦力を有効に生かすために徹底して育て、自分たちの強みを武器にして戦術や工夫で勝つという方法が必要になります。

世間一般では、スポーツには過程そのものを重視してスポーツから何を学んだかという部分に重きが置かれることもありますが、競技の世界では結果を出してこそ初めて過程が評価されるのではないでしょうか。競技者である以上、結果を出して目標達成することを第一とするのは当たり前で、そこに徹底的に執着するべきです。そうしてこそ、過程そのものが飛躍的に向上するわけです。
練習の段階で強くなるだけではまだ足りなくて、勝つこと、結果という形でこれまでの努力をコンプリートして、クロージングする能力というのがたいへん重要なはずです。すなわち、努力して獲得してきた実力は、レースで発揮できて、結果につながって初めて意味が出てくるわけです。

レースというのは、エルゴが回って、テクニックが高いクルーが必ずしも勝つわけではありません。勝つ可能性を限りなく高める練習を徹底して、地力の上ではナンバーワン、タイムも完璧、それでもレースというのはやってみなければわからない部分があります。高い目標をめざすライバルは多く、皆それぞれボート競技に全力で打ち込むのですから、全く競り合いもなくぶっちぎりで優勝できることなどほとんどないのです。こうした僅差の中では地力を備えているのは大前提として、勝負強い、勝つための方法を知りつくしたクルーが有利なのだということです。さまざまな駆け引きと、情報戦と、戦術と、展開に乗って流れを呼び込み怒涛の勢いで攻め続ける、レースの動きをしっかりとコントロールしていくためのレース運びが重要なのです。
HNAH M4-レース

ところで、レースというものがたいへん重要にも関わらず、レースのやり方を研究し尽くしたようなボート関連の書籍やサイトやBlogにほとんどお目にかかったことがないのは不思議な気もします。トレーニング知識や技術論、道具の知識などはたくさん掲載されていますし、試合展開レポートも多いのではありますが、戦術そのものを掘り下げた記事は少ないと思います。私は決勝の接戦などで強いチームは技術以上に戦術や勝負強さでレースに勝っていると思ってますから、どこも企業秘密的な部分はあるのでしょうが、私もとても考えのすべてをここで語れるとは思いませんがこうした考察に希少価値もあるだろうと思いつつ、色々とふれていきたいと思います。



2.レースにおける戦術
ボート競技は、2000mレースの中にそのすべてが凝縮されています。最高のパフォーマンスとは、レース結果にこだわり抜く中で生まれるものです。
当然、レース結果を出すための「艇速」という名のパフォーマンスを生み出すために、心技体、つまり体力と技術とメンタルという主に3要素を向上させ磨き上げていくわけですが、それを2000mレースの中に発揮させていくのに欠かせないのが、戦術だと私は考えています。
COXは、漕手のパフォーマンスを着順という形で結果に変えていくという重責を担うポジションだということを肝に銘じてほしいと思っています。

私の現役時代を振り返ってみます。背後から迫ってくる後続クルーの仕掛けや動きに気づくのが遅れて、ラストで差されて順位を落とすという苦い経験を2度も味わいました。2年の全日本新人のときは決勝でラスト差されて4位となり最後にメダルを逃しました。4年最後のインカレの時も最後差されて準決勝3着敗退となりインカレ最終日を逃しました。両方とも大目標でのレースにおいて、いずれも取り返しのつかないラストでの致命的なミスです。今でも悔やまれますが(ほんの少しでJARAメダリストだったのに!)、「メダルをとれなかった」「最終日を逃した」というのは、大学ボートでは本当に大きな差ですよね。この大きな差を分けたのが、「戦術」の部分だと思っています。はっきりと明暗を分けるような、たいへん大事な要素。
私が戦術の意味は大きいというのが、こうした選手やコーチのときの経験からも来ているわけですが、なんとなくお分かりいただけるのではないでしょうか。勝負の世界ですから、多くのコーチもこのような経験をたくさんしてきたはずなので、戦術の重要性は認識していると思います。

負けたら、「実力の差だ」と言われるわけですが、「持っている実力の差」と「本来の実力を出せなかった差」の2つがあると思います。
負けて悔しいのは、ほとんどは「結果」が悔しいのではなくて「内容」が悔しいのです。負けて悔しい時は、ほとんどが「実力を出し切れなかった」時。本当にすべての実力を出し切れた実感があった場合は、負けてもそこまで悔しさは残らず、結果にはかなり納得ができると思います。実力を出せなかったり、まだ出せるという実感が残ったから、「負けて悔しい」んですね。ただ、「負けた」事実そのものが常に納得できず受け入れられない人は、生粋の「負けず嫌い」で、勝ちたい気持を増幅し努力や工夫へと昇華できる人なので、こういう人はチャンピオンの資質があると思いますが。
しかし、レースで「相手に力を出させない」のが、戦術の本質の1つだろうと考えています。例えば、高校野球や高校サッカーなどのレベルでも頻繁に見られる「揺さぶり」の類です。意外な動きや仕掛けを見せること。相手の隙をつく、逆をつく、裏をつく。こう行くと見せかけて実の狙いは逆だった、というような戦法は基本的な陽動作戦です。迷わせたら成功というところもあります。
もう少し踏み込むと、「自分たちの実力を十二分に発揮させる戦術(戦力を効果的に発揮する方法)」と、「相手に思うように実力を出させない戦術(強みを消して弱みにつけ込む方法)」の2通りがあると考えます。

よく、勝負に「たられば」は禁物だと言われます。もちろんその通りですが、実際に多くのレースを選手やコーチとして経験してきた者としては、レースの結果というのは「たられば」ばかりなんです。2000mのレースの中で、いくつもの勝負の分岐点が横たわっています。それらを制し、相手より優位に立ち、自分たちの力を最大限に発揮する上で「勝つ技術」が重要になってくる部分で、「戦術」はたいへん大きな要素を占めていることがわかってくるわけです。



3.レースは生き物
戦術が大きいとはいっても、戦術偏重主義になれということではありません。びっくりするような戦術や作戦をもってしても、圧倒的な実力差のある相手に作戦だけで勝つことは当然できません。自分たちに心技体を中心とした確かな実力が備わっていることが大前提です。ボート競技は、レース前にだいたいの決着がついてますから、圧倒的な艇速を身につけることが一番大事です。

しかし、実力差が拮抗した同士の争いとなれば、戦術が左右する比率が高まってくるのです。
例えば、「ベストタイムを出せば絶対に勝てる」というプランで、周りを一切気にせず自分たちの艇速だけに集中して決勝に臨むとします。しかし、似た実力を持つライバルは、スタートでいつもよりペースを上げた猛烈なスタートで先手をとってきました。第2クォーターのあたりで1艇身つけられてしまう。自分たちも今までで最高の漕ぎをしているが、相手はさらに自分たちより頑張ってリードをキープしている。本当は相手の方がきついはずだが、決勝でトップを走り、見て漕いでいるぶん集中力もリズムも最高、若干の余裕さえ見られる。こんなはずじゃない。自分たちはベストラップを出し続けているが、最終的に、最後まで詰めることなく1艇身差詰まらず逃げ切られてしまった。負けはしたが、ベストタイムが出た。相手は、自分たちよりも3秒上回っていた。しかし、「相手のほうが俺たちより強かった。ベストが出たし、これで勝てなかったんだから悔いはない。自分たちはよくやった」

・・・実は、ボートには大変よくあるパターンです。負けたのに、満足すらしている向きさえあります。もちろん、力を出し切った点について悔いがないのはいいことですが、これは、果たして本当によくやったんでしょうか?相手の作戦にまんまとしてやられて、相手のいいところを全て出させてしまったことを、自分たちは本当に防げなかったのでしょうか。そもそも、自分たちにも原因があることに気づいてませんよね。パフォーマンスに悔いはなくても、勝てなかった作戦の反省は必要だと思うのです。

この場合、平均ラップでベストのタイムを狙うよりも、相手のスタートダッシュを警戒してこちらもスタートから今まで以上に出ていくようにして、並んでいくか少なくとも半艇身くらいまでに差をとどめておけば、中盤で相手にプレッシャーをかけるなどして気分よくレースさせることを防げたはずです。いいリズムで漕げているときは、あまり疲れが来ないんですよ。
スタートで無理をしたクルーは、中盤や後半に不安を抱える場合も多いのです。最高のスタートを出していく本物の実力があったのか、実力以上に飛ばし過ぎたのか、見極めも大事です。プレッシャーをかける中で、相手のミスや失速に乗じて仕掛けていけば、後半一気に詰めるクルーが俄然優勢となる展開も多くなりますね。先行クルーは、つかまったら一気にピンチとなります。

そもそも、レースはベストタイムを出すのが目的ではありません。相手より先にゴールするのが目的です。ここがまず、通常の練習目的とは異なってくるところです。だからこそ、タイムを出すための練習だけではなくて、実戦で勝つための練習も必要になってくるわけです。実際のレースで想定される展開やコンディション、効果的なコールや戦術など、確認すべきことは色々あると思います。
相対的に相手を上回れなければ、いくらベストを出したところで、相手がさらにベストを出してきたら勝てないのです。本当に、レースでは絶対的なベストタイムというものは意味がなくなってしまいます。予選や準決勝でタイム1位を出したクルーが決勝で敗れることもしょっちゅうです。決勝は別物ですからね。



4.情報から展開を読む
なぜかというと、展開が大きく関わってくるからです。予選・敗復・準決のタイムというのは、よくよく展開とコンディションをしっかりと見なければいけません。上の例でいえば、ボートではやはり先行有利の鉄則があります。しかし、トレーニングの方針や漕手の特性によっては、イーブンペースが得意なコンスタント型や後半型のクルーもいますので、前半でつぶれるようなクルーも含めて、相手の傾向をタイムでつかむことは重要です。しかし、タイムを完全に信用してはいけません。特に、2000mタイムだけでなく、ラップまできちんと注目することが重要です。
ライバルクルーが予想よりタイムが伸びていないときはまだ余力を残しているのか、大きく水をあけたから流していたのか、展開的に追い込めなかったのか、レースごとに上昇気配か、激しく競り合っていっぱいいっぱいの展開だったか、大きくタイムが落ち込んだラップは腹切りやミスオールでもあったのか、このクォーターだけ突風が吹きつけた逆のコンディションだったのか。データから読み取れるこうした展開を推測しこれらの情報を把握しておくことが重要なのです。
そして、多くのクルーは自分たちがそうであるように、次のレースではしっかりと修正をはかってきます。
一度として同じレースはないのですから、まさにレースは生き物で、対戦相手によって展開やタイムが大きく変わることがあります。これがボート競技の面白いところでもあります。

過去の対戦成績も簡単にひっくり返ることもあります。事前の並べで苦手意識を持ってしまうというクルーも中にはいますが、ガラッと変わり身を見せるクルーも多いですね。優秀なコーチのいる強いチームは、特にレースごとの修正に長けています。予選、準決勝で当たったクルーが僅差で負けていても、決勝で見事挽回してくるクルーもあります。レースごとに修正してきたり、勝負どころでものすごく力を発揮するクルーなど、とにかく毎回違う相手だというくらいに思ったほうがよいでしょうし、何度か負けているほうのクルーも対策がはっきりすることで最後に逆転してやるという強い気持で臨んでほしいですね。

このように、レースというものは展開や事前の準備、作戦次第で、発揮できる実力が大きく変わってくるものです。一時の力関係があたかも定まったランク付けであるかのように思い込まないことです。特に、直接対戦してみないと分からない情報なども多々あります。
自分に都合のいいイメージをしているクルーほど、肝心なレースで勝負弱いことが多いように見うけます。自分だけでなく、相手も同じように勝つことをめざしているのです。
相手の思惑や考えを見通したうえで、レースプランを立てて準備と対策をしていくことがとても重要なのです。自分中心で考えずに、ライバルの思惑との競り合いという駆け引きや押し・引きを制することが、レースを有利に進め、勝つという可能性を高めることにつながるのです。



5.彼を知り己を知れば百戦殆うからず
ライバルたちは、色んな作戦を本番のレースで使ってきます。私は大学ボートでいわゆるボート未経験者がなかなか勝てない理由の一つに、「戦術」で負けていることが挙げられると思います。大学でボートを続ける経験者は高校で勝ってきた経験があるので、勝ち方を知っている選手が多いです。(しかしこの経験者たちも、高校での成功体験やワンパターンに固執してしまうこともあるので、しっかり進歩していけるようにさらに経験を積んでほしいところですね)

作戦をあまり重視していないクルーは、まず事前の持ちタイムだけで相手との戦力比較を行います。例えばM4+だとして、「うちは練習のベストで6'50を出してるし、予選では6'52。相手は予選で6'55だ。自分たちの漕ぎをすれば絶対勝てる」という結論で勝負どころの準決勝への作戦ミーティングが終了します。・・・これだけだと、何だか楽観的でちょっと危険ですよね。先ほどから見ているように、表面的にしかレースをとらえていない感じがあるわけです。この例だともっと高いレベルを目指さないところも不安ですし、相手のポテンシャルを予選の2000mタイムでしか判断しておらず、それについて何の疑問も持たない状態です。

戦術を重視しないクルーは、まず自分たちに都合のよい展開をイメージしがちです。しかし、レースは相手がいて成り立つものです。不確定要素やアクシデントがつきものですし、相手との実力が接近している場合、こちらが望むパターンになることは滅多にありません。相手が予選で力を抑えていたり楽な展開で上がってきていて、自分たちの予想以上に力を出してくる可能性を想定しないクルーは、いくら実力があっても負ける要素を抱えていると思います。そもそも、その油断や甘い考えこそが自分たちの弱さを表しているのではないでしょうか。
「1年間このレースのために努力してきて、このレースが大学ボート人生をかけた大一番」というレースならば、やはりより確実に、自分たちの実力を出し切ってなおかつベストの相手を上回れるための可能性を高める準備や努力が必要ではないでしょうか。


レースで自分たちの実力を阻害する要因は何か。それは、自分と相手の実力を見誤ることです。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という孫子の有名な言葉があります。情報、つまり味方の能力把握や敵情分析の重要性を説いた言葉であるとともに、特に主観的な判断を戒めた言葉でもあります。自らを過信せず、ライバルを過小評価しないこと。このような見込み違いを生むのは、調査不足、希望的観測、思い込みの3つが理由にあります。

自らの力を信じることも、勝つイメージもともに重要ですが、相手の力や特徴、動向や狙いなどを検討してレースプランを立てることがたいへん重要なのです。そもそも、シーズン当初から我々はライバルとずっと競り合いをして能力向上の競争をしているようなものです。大会レベルをはじめ、ライバルの力や情報や動向を全く気にしないチームは、最初から戦いの土俵に乗れないことは十分分かっているはずです。最後のレースの局面において、例えば昨年の実績や今シーズンの実績など断片的な情報からでも、しっかりとライバルの実力や戦い方などを想定して、どのようにレースをすれば自分たちの良さを十二分に発揮できて勝利できるかの方策を定めることが重要です。
私の経験では、ライバルに甘く(やや過大評価。さまざまな出方を想定する)、自分に厳しい(やや過小評価。うまくいかないときのケースを想定する)能力評価を事前に行うことが、心の隙を見せることなく十分な備えをして臨むことができると考えています。



6.レース展開とパターンの研究
レースには、実にさまざまな展開があります。そして、COXも漕手も色々なレースのパターンを知っておくのはとても重要だと思います。「こういうときは、こう対応する」こうした準備ができていれば、慌てず冷静な対応ができたり、次の展開を予測して自信を持った対応が可能だからです。

COXはやはりレース経験豊富であることが必要だと思っています。何しろ、接戦ではCOXの判断力で勝敗が決まることがしばしばですから。
まずは、できるだけレース経験を積めるように、チームで第一COXの座をしっかりと狙うこと。実力と信頼で正舵手の座を勝ちとってください。これは漕手と同じ発想でチームのトップをしっかりめざすことが、選手である以上大事な姿勢であるわけですが、正舵手でないと、漕手以上に出漕機会に恵まれなくなります。野球のレギュラー捕手と同じです。インカレや全日本は、1種目1クルーしか出せませんから。チームとしても、COXの重要性を認識して、COXを競争させたり出漕機会を増やして育てるクラブが増えるといいのではないかと思っています。

しかし、漕手もそうですが、間接的にレース経験を積むことができます。とにかく、レース伴走をしたりレースビデオを観ることです。
COXはレースで決定的な仕事ができるよう、できるだけたくさんのレースを伴走して、レースの流れや戦況を読む力を養い、間接的にレースを経験して多くの引き出しを作ってください。たくさんのレース展開を見れば、「あ、ここで勝負が決まったな。ここが勝負どころのポイントだな」ということが、だんだん分かってきます。
また、そのために時間を見つけては世界選手権や全日本選手権など多くのレースをDVDやビデオなどで見て、さまざまなレースパターンの研究をして、かつ自分がそのレースに出ているつもりでレースシミュレーションを積み重ねてください。付き艇なし艇、スイープスカルなどにこだわらず色んな種目を見て勉強してみてください。
コンディションを利用し、自分と相手の特徴をふまえて作戦を立て、いくつかの展開を想定してレースをコントロールできるようになっていくと思います。
こうした努力は、実際のレースにおいて「展開が頭の中にあり、とっさの判断だったがベストの選択ができクルーが一つになれた」「頭が真っ白でなすすべがなかった。ミスの連続、効果のないコールをただ繰り返すだけで何もできなかった」というような、天と地ほどの差になって現れます。
とにかく、ボートは研究あるのみです。


何度も言っていますが、Rowingのレースはタイムアタックではありません。相対的な優劣を競うレースです。レースはバトルです。相手よりも出る、相手に出られる、というのがレースであり、それが拮抗すると並ぶ・競り合うという状態になります。「自分たちに集中」はしますが、相手を意識し相手を感じたレースをします。相手との差をしっかり把握し、なし艇ではストローク中に振り返ったりする技術や時には見ないで気配を感じる能力も大事です。(おそらく周辺視野に入っています)
相手が仕掛けたら、こちらも仕掛ける。相手が伸びる前に、自分たちが先手をとる。相手にプレッシャーをかけ、またかけられても動じない、など心理戦も展開してください。

スタートから一気に出て序盤で勝負を決めにかかるのは、先制攻撃を決めて一方的に相手を戦意喪失させKOする一方的なアタックの展開です。前述の第3項でふれた決勝レースの逃げ切りは、序盤のリードを守った逃げ切り勝ちであり、結果として水があいても最初の差が変わらなくても、先手必勝で決めようとした序盤が勝負どころだったということです。

均衡した競り合いのレースは、これもタイムトライアルなどではなく駆け引きと展開の読み合いが必要となるバトルです。第2Q以降競り合った状況で、例えばラップ1秒まさって半艇身近く出たときは、艇速自体に差があったというより勝負どころを争った結果だといえます。
艇速をキープしたり仕掛けたりして相手の苛立ちや消耗を誘えればよいですが、相手もたいへんメンタルに優れていれば、お互い譲らず、お互いの力を増幅し合うような見応えのある展開になっていきます。こうなると、先にミスしたり集中が切れたほうが負け。隙を見せたら付け込まれ一気に劣勢に立たされる、たいへん緊迫したサバイバルマッチとなります。

強いクルーは「勝ちパターン」を持っていて、得意の作戦で、ある展開に持ち込めば有利にレースを進められることが多くなります。しかし、「負けパターン」の想定もしておくべきです。これは、「どうなったら負けるか。どこまで出られたら逆転が難しくなるか」という、自分たちに不利な状況での対応の仕方です。勝負強いクルーは、「負けない」ための、こうした勝負のポイントをきっちり押さえることができています。相手が予想以上に出てきたときに、これ以上いかせたら逆転が難しくなるというポイントですが、ここが分かっていればある一線を越えさせずに粘ってついていくことで、相手の勢いが落ちたところで一気に反撃、とらえてかわすことができるようになります。それがスタート500mや第2クォーターの早めなのか、第3クォーターの中盤以降なのか、はたまたラストスパートのときなのか。展開と自分たちの強みに合わせて、仕掛けどころを判断していきましょう。
スタート直後 トップコックス



7.レースプラン
さて、これまで見てきたように、自分たちの実力と相手の実力、展開もあらかじめいくつかのパターンを想定した上で、レースプランを立てていきます。
もちろん、基本はレース展開をしっかり作っていけるように、まずは「自分の力を100%以上発揮する」ことを中心に考えます。これまでのトレーニングの成果を遺憾なく発揮し、かつレースに向けて仕上げたピーキングの効果と、相手のいるレース本番の効果まで見込んだ最高の艇速、ベストパフォーマンスを出すための方法にテーマをおきます。体力、技術、精神の重要なテーマをいくつかだけに絞ることが通常は多いと思います。

その上で、相手にそれ以上のパフォーマンスを出されたら負けてしまうわけですから、相手の対策や展開を作っていくための作戦を全員で共有します。地点ごとの脚蹴りイベントやスパートだけでなく、相手の仕掛けや特徴に合わせた作戦も準備します。
先ほども見たように、思い通りの展開に運んでくれれば苦労はしませんが、そうならなかったときの次善の策というものが必要で、Aプランに対するBプランを用意することです。しかしCOXとしては2つ以上、複数のパターンを想定しておきたいものですね。

例えば、前のレース結果ではスタートでこちらがラップ2秒上回っているが、相手が予想よりもスタートで出てきた場合のことを考えて、予定よりも脚蹴りイベントを早めにするとか、しばらくはレートをあまり落とさないようにしていくとか、勝負どころを中盤に設定しておくとか、かなり対戦相手の動きをふまえた柔軟な対応を用意しておくということです。
相手も色々な作戦を用意して、修正をしたり揺さぶりをかけてきたりするわけですから、こちらはきちんと相手の動きを想定したプランを立てるべきだといえます。すべての作戦が読まれて打つ手がなくなった相手は、さらに引き出しが豊富でないと逆に追い込まれるようになるわけです。
これらを全て見越した上でスタートから一気に攻めていくとか、コンスタントの強みを生かしていくとか、後半のスパートを武器にしていくとか、自分たちの強みを生かす戦術を組み込んでいくと、自分たちの力がより発揮できる展開を作ることもできるようになります。

大一番のレースでは、ギャンブルを打つクルーもいます。いちかばちか、スタートからセオリーを無視したハイペースで飛ばすクルーや、中盤の意外なポイントでミドルスパートをかけるクルー、ラストもかなり早いタイミングでロングスパートを仕掛けるクルー。これらは、確かな実力が伴っている場合には奇襲の戦法として有効性を発揮します。得意な形として武器にするクルーもいます。しかし、色々な攻め方があるということが頭にあれば、驚くことなく冷静に対応をとることができます。
度を越したペースアップはずっと続くわけがないのですが、追随することができず相手を乗せてしまうと勝負が決まってしまうことがあります。こうしたときはすぐに反応してこちらも追撃し、相手が落ちたところでかわすのが良いですね。単独で水をあけられたら逃げ切られてしまうことが多く、相手の思うツボです。
相手の仕掛けには常に予測力と、無数のパターンをシミュレーションしていることが冷静で的確な対応につながります。逆に、自分たちも得意な戦術を持つことも必要だと思います。
こういうギャンブルは、インカレ準決勝でよく見られるスタート猛チャージ戦法があります。また、インカレ決勝にも見られます。

しかし、これらを越えて、このような駆け引きが通用しない、圧倒的にスピードに優れたクルーも高いレベルでは存在するわけですが、全く失速しない完璧なクルーもまた存在しませんので、自分の力を発揮し相手に力を発揮させないためのプランと作戦を立てて、臨機応変に対応して自分たちに有利なレース展開を作り、不利なときや接戦においてはしっかりしのぎつつ機を見て怒涛の攻めに転じる、といった自在のレース対応をめざしていきましょう。



8.競り合い
インカレや全日本などの予選は、実力不足のクルーが淘汰されますので艇差の開くような大味な展開になりがちなのですが、準決勝や、最終日の順決や決勝ともなると拮抗した盛り上がる競り合いが増える傾向があります。(大味な展開といっても、選手の立場からは緻密なレースの運び方が必要です)
実力伯仲、お互い譲らず。このようなレースは大変ではありますが、選手も観客も楽しくエキサイティングなシーンですね。

水をあけることが圧倒的に優位に立てるというのは、物理的に距離があいて数秒のアドバンテージがとれるのももちろんありますが、ボートにおいては視界から消えることが何よりも優位な立場に立てるというところがあります。そしてリードした側は相手の動きがよくわかる。半艇身や逆カンバスでは、漕手はまだ視界に捉えていますが、水があくと相手との艇差の変化を把握するのが困難になります。これは心理的にもとても大きいことです。
COXは、出られたときは前方が見えますが、水があくと逆転が難しくなる一方なので、そうなる前に先手先手で手を打っていかなければいけません。

艇が重なっているときは、出られたほうは相手が見えているし十分挽回が可能です。冷静にレースを進めつつ、チャンスと見たら攻めていく姿勢が重要です。こういうときは、自分たちのスピードに集中しながらも、相手の艇速やその後の展開を読む力など、戦況を判断する力も大事です。相手の情報を把握していないと戦況や展開は読めませんので、艇差のわずかな変化や相手の動き、相手のコールなど自分だけしか見えていないと逃してしまう周囲の情報を、目や耳や感覚でしっかり拾います。第5回で見たような「周辺視」を使える感覚に集中した状況なら情報が拾えるはずです。頭ではなく身体に集中してください。自分の艇と相手の艇を把握してください。

並んで競っている状況では、だいたい先に失速したほうが負けです。目に見えるミスや、疲れによる乱れ、それから集中が落ちたり1人2人の綻びによって艇速が緩むときなどです。エルゴでいえば、こういうときはラップ表示が激しく上下して乱れています。スピードがキープできているときは、集中が高く、リズムがたいへん良く、水中に張りがあるときなので、これをキープできるクルーは競り合いに強いといえます。相手の揺さぶりや仕掛けにも動じることなく、また本当に脚蹴りで上げてきたときはこちらもしっかり上げていき、相手の隙や失速に乗じて一気に仕掛け、たたみかけることです。
また、ここぞというタイミングのときは、脚蹴りコールやスパートをかけて自分から勝負に出ることも必要です。相手に余力があれば決めきれないことがあり、このへんのタイミングの見極めや判断力はCOXやコール役には必要です。勝負勘や経験がものを言うのです。レース伴走やレースビデオなどで研究しましょう。

また、1艇身から半艇身ほどこちらがリードしているときは、主導権を握った優位性を存分に生かしましょう。
COXは相手の動きを封じる仕掛けをしていって、相手に攻めさせないこと。これは一見、レースに変化が見られない退屈な展開に見えますが、防御の発想です。つまり、相手の積極性を抑えて、レースを動かすことをさせないようにしているのです。
このような攻防は、実は水面下では熾烈なバトルと駆け引きが繰り広げられています。相手が動いたら、すぐさまこちらも反応して仕掛け、リードを守ります。これによってレースを膠着させ、主導権を持って時間と距離を稼ぎゴールへと近づきます。相手の勢いが落ちたらどんどん攻めます。リードをしている側が有利にレースを運べるテクニックなのです。
レース競り合いcox



9.ペースメイクと、スパート
レースでは、生理学的観点からも、大まかにスタートスプリント、コンスタント、ラストスプリントと強度ペースが分けられます。イメージ的には第1クォーターがスタート、第2・第3クォーターがコンスタント、第4クォーターがラスト、というようなペース区分となります。しかし、実際にはこんな単純ではなく、こうしたペースをいかに展開との兼ね合いで配分したり引き延ばしたりタイミングを変化させるかが、戦術としての駆け引きにつながってきます。

そして、その中で特に身体に負荷をかけながらも、勝負どころで一気に艇速を上げる「スパート」の戦術があるわけです。
スパートは、スタートスパート、ミドルスパート、ラストスパートなどがあります。展開に応じて、これらのスパートの距離とタイミングを見極めて決めていくことが必要となります。

生理学的に言えば、スタートでのエネルギー代謝は、非乳酸系(ATP-CP系)が8~10秒、乳酸系が33秒ないし40秒(あるいは1~2分とも言われる)くらいが持続時間とされています。そしてそれ以降は有酸素系へと移行していきますが、実際にはコンスタントと言ってもLSDのような完全な有酸素ではなく、乳酸も発生し少しずつ蓄積していきます。
私の経験則ではだいたいスタートスパートは1分。よく鍛えられたクルーならだいたい1分間は全力漕が継続できます。例えば、平均的なM4+ならスタート500mは1'40のタイムが見込めますので、スタートスパートは1分、つまり300mあたりまで飛ばします。平均的なM8+ならスタート500mは1'30、すなわち350mあたりまで1分で進むことができます。そこからがコンスタント、つまり有酸素系へ移っていくタイミングだというわけです。
しかし、前述したようなスタートでどんどん飛ばしていく作戦をとるクルーは、さらにもう20秒(100m前後)ほど延長したりしますので、このへんの加減で展開を作るのが戦術だというわけです。また、スタートスパートを40秒ほどに抑えれば、後半も落ちないイーブンペースが持続できると考えていますが、これはいつもエルゴには適用しています。


実はこのスタートスパートからが問題なのですが、このコンスタントへの移行というのが最も実力差が表れ、レースが動くポイントとなります。私の考えではインカレのレベルで勝負のポイントとなりやすいのが300~500m(エイトなら400~600m)、700m、第3クォーターの3つです。ラストクォーターはまたレースが動きますが、これは全クルーが仕掛けるタイミングとなるので必然的にレース自体がペースアップします。

300~500mで一気に差が出始めるのは、「コンスタント」の地力による違いです。練習での艇速やタイムの差が紛れることなく正直に出る部分なのです。また、スタートからコンスタントと言っても、失速してはいけません。重要なのはスピードをキープすることで、コンスタントレートで安定し始めてもストロークの長さや強さがキープできているかどうかの差が出ます。失速しないクルーと失速するクルーの差が出る区間がこの300~500mあたりなので、ここで1~2秒、つまり半艇身から1艇身近く差が広がることがよくあります。
COXは、艇速をしっかりキープして水中の質が良いリズムを作るコールに集中しましょう。

700mあたりというのは、特にスタートで無理しすぎたクルーが一気に疲れてくるポイントで、疲れて漕ぎのリズムも崩し失速するクルーが現れるためです。700~1000mあたりで、ついていけなくなり水をあけられ脱落するクルーはここのポイントでよく見かけます。エルゴでも、まだ慣れていない選手がペースを間違えて調子よく飛ばしすぎたときは、ここで必ずラップが大きく乱れて以後最初のコンスタントペースに戻せなくなるポイントです。特に、第1と第2のラップが5~10秒ほど落ちるようなクルーは、ペースとコンスタントの移行を見直す必要があると思います。ラップタイムがレートの変化だけでしか変わらない、高いレベルで安定した艇速がトップレベルに行くためには必須のペースコントロールなのです。

第3クォーターは、真の体力と集中力が試されるポイントです。前半からいいペースで来たクルーも、後半型のクルーの攻勢にあうポイントであり、トップのクルーがついに失速しはじめ陥落するかどうかの瀬戸際となります。第3のタイムが一番落ち込むケースが多いために、後半型はここでいかに上げて今までの差を一気に縮めたり逆転するかが重要です。ここで攻めて第4の前にかわすか、ラスト勝負までもつれるかはとても大きいため、白熱した勝負どころとなります。一本ごとの艇速変動も激しくなりやすい区間です。
そして、そのために第2や第3のコンスタントの部分においては、ミドルスパートを入れて勝負をかけたり優勢に進めていく作戦もあります。しかし、長めの脚蹴りやスパートはたいへんダメージが残ったり下手をすれば崩したりするリスクもあるので、やみくもに入れればいいわけではありません。


ラストスパートは、これも仕掛けるタイミングが重要です。COXは、どの地点までにどれくらいの差にしておけばよいかがたいへん重要となります。第3以降は、ゴールまでの逆算した戦いが必要になってきます。1500mまでに1艇身なら届くのか、半艇身以内にしておきたいのか、はたまたスプリントに自信がなければ出ているべきなのか。リードしている場合は、理想は水をあけておきたいですが、どれくらいならば逃げ切れるのか。
このラストに仕掛けるタイミングというのは、やはり最低限相手を視野に捕捉した位置に詰めていなければなりません。「これなら届く、スパートで差せる」この状況ならば信じられないスパートを決める展開に持ち込めるからです。逆にリードしていたならそうさせないように常にセーフティリードに広げていく必要がある。

エルゴを思い出していただくと、残り200m切ってからが一番最後の無酸素パワーに切り替えられるタイミングではないでしょうか。そして、100mを切るとスタート並のラップを出せることもある。しかし、重要なのはその前段階、有酸素系の段階で「コンスタント使い切りのスパート」から始めることだと思っています。残り300m、もしくは残り500~400mくらいからでも1発目のスパートを入れることができると思います。水中を上げるのが目的で、レートはそれほど変わりません。
そして、完全に無酸素に切り替えてレートを一気に上げるのが残り200mあたり。世界のラストスプリントを見てください。できればこのくらい、2枚ずつ上げるとか生易しい感じではなくレート40オーバーのラストアタックが理想です。国内ではなかなか見られないのですが、レートというよりもしっかりトップスピードに乗せていきましょう。そして、ラストは右肩上がりで上げ続ける。ダブルスパート、トリプルスパートと重ねていくことで、ゴールを手繰り寄せましょう。ここでは差を詰める云々ではなく、スタートと同じような艇速比べが大事です。

そう、レースとは結局力比べのバトルなのです。戦術を見てきましたが、理想はスタートで攻め、中盤も攻め、ラストも攻める。攻め抜いてスピードをキープし、勝負どころで上げ続けて相手をふりきるのがレースです。常にアタックして攻めの姿勢を貫くこと。
しかしその中でどうしても生まれる相手との相対的な位置関係、艇差とタイミングをめぐる駆け引きや攻防が、2000mの中でいかに心技体を限りなく発揮していくかのダイナミズムを生み出していくのです。
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